第30話


扉が完全に閉まったのを確認してからお父様に向き直る。


「これで少しは話しやすくなったでしょう」

「そうだな」


アランが部屋を出る前に淹れてくれた紅茶を飲みながらお父様の次の言葉を待つ。


「まぁ、次期王妃についての正式な手順を踏んでいないし、手紙がなかなか来ないことも加味するとプロポーズに関して最善策だったのかもしれないな」

「ご理解いただきありがとうございます」

「私としては、リディアがどんな選択を取ってもそれを否定するつもりはないからな」


お父様はようやく落ち着いたようで再び紅茶を飲んだ。



「それは私がアランと結婚してもですか?」



試すように問いかけるも、お父様はいつも通りの優しい笑みを浮かべられた。


「当たり前だろう。私はアランが執事としてではなく、一個人としてリディアを選ぶのならば大賛成だよ」

「テオード殿下はいいのですか?」

「それで迫害されたら他国にある別荘にでも逃げればいいさ」


大きなことに違いないはずなのに、私の為に何でもないことのように言ってくれるお父様には感謝しか出てこない。


「…ありがとうございます」

「だが、私が助けを出せる範囲にも限度はある。その先は自分で切り開いていくんだよ」

「分かりました」


お父様は私の答えに満足そうに頷いた。




それから懐かしそうに目を細めながら私の部屋を見渡した。


「それにしても、リディアの部屋もしばらく見ない内にだいぶ変わったな」

「そうですか?」

「アカデミーの教材は勿論だが、本棚に入っているものも随分と増えたのではないか?」

「確かに言われてみればそうですね」


王妃候補になった時から教材は多かったが、アカデミーに通ってからその量は10倍近く増えていた。


「勉強熱心であることは良いことだが、あまり根詰めすぎないようにな。息抜きも大切だ」

「お気遣いいただきありがとうございます」



お父様はしばらく視線を動かしていたが、ある1点に目を止めたまま動かなくなった。



「どうかされましたか?」

「いや、あれは……」


お父様の視線の先は壁掛け棚に置いてある写真立てだった。


「良かったらご覧になりますか?」

「いいのかい?」

「はい」


立ち上がり棚に近づく。

この棚に関しては自分でこまめに掃除をしているからか、塵一つ見当たらない。


慎重に写真立てを手に取り、椅子まで戻る。


「これです」

「これは……」


お父様は驚いたように目を見開き、じっくりとその写真を眺めた。


「懐かしいね」

「はい。残念ながら私は記憶にはありませんが」



写真立てには、若い男女の夫婦と生まれたばかりの赤ん坊が写った写真が入っていた。


この写真は父母と私が揃っている唯一の家族写真だった。



「まさかリディアが今もこの写真を大切にしてくれているとは思っていなかったよ」

「私にとってはこの写真は命と同等…いや、それ以上のものですから」

「……そうか」


お父様は優しく微笑みながら、慈しむような手つきで写真を撫でた。


「母親のことに関しては本当に、」


「お父様」


普段は礼儀作法を守り絶対に人様の言葉を遮ることはないが、母親に関する謝罪だけはどうしてもお父様の口から聞きたくなかった。

お父様もそれを理解しているからか、無礼を咎めることもなく私の言葉の続きを待ってくれていた。


「お母様が亡くなってしまったことはもうどうしようもない事実なのです。ですので、お父様もこれから先のことをお考え下さい」

「……そうだな。私達はまだ生きているのだから、未来を考えて生きなければならないな」

「はい。しかし、無理に過去を忘れる必要はありません。過去を愛することで未来に繋がるのですから」

「…リディアは本当に強くなったな」


お父様は噛み締めるように呟き、再び写真に目を向けた。

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