第10話
「じゃあ行ってくるわね」
次の日、メイドたちに見送られて私とアランは馬車で家を出た。
いつもお世話になっている仕立て屋に向かいながら街を見れば、平和な空間が広がっていた。
この国では争い事はほとんどない。
他国とのいざこざはたまにあるが、それはこの国の騎士団や魔法使いたちが解決してくれている。
国民の暮らしも豊かで、王都も活気がある。
「…こんなにいい天気なのになんで私はドレスを見繕いに行かないといけないのかしら」
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。折角ですから楽しまないと損ですよ」
「それはそうだけれど……」
アランは私の顔を見て苦笑している。
私がどれだけ買い物嫌いか知らないくせに…。
昔、買い物が嫌すぎて自室に植物のツタを張り巡らせて籠城した記憶があるぐらいには嫌いなのだ。
そんな他愛もない話をしていれば、馬車が店の前で止まった。
窓から見ると、店長が店の外で待っていてくれた。
「あー…」
「ほら、降りますよ」
先に馬車を下りたアランに手を引かれる。
こういうところが紳士的で本当にずるいなと思う。
そしていつの間にかアランの耳と尻尾は魔法で消されていた。
私のもふもふが…。
「おはようございます、リディア様。本日はどのようなご用件で?」
「今日は私のドレスを選んでほしいのだけれど……大丈夫かしら?」
「勿論ですとも!ささ、こちらへどうぞ」
満面の笑みを浮かべた店長に案内されるがまま店内に入る。
中に入ると様々な種類の生地が並んでおり、どれもこれも高そうなものばかり。
「それで、どのようなものがよろしいでしょうか?」
「今度お城へ行く用事があるからそれ用のドレスを何着か新調しようと思っているの。パーティーではないから、露出は抑え目なドレスでお願い」
「かしこまりました」
その後、試着や採寸など様々な壁が待っており、結局買ったのは3時間後だった。
ドレス選びだけで疲れてしまったが、何とか乗り切った。
ちなみにアランは文句も言わずに待っていてくれた。
仕事だからと言ってしまえばそれまでだが、本人は楽しかったようで物珍しそうにドレスを見ていた。
「お疲れ様です」
「えぇ…本当に疲れたわ」
夜までの外出許可は出しているため、今からはアランの行きたいところに行く予定だ。
馬車はドレスを持ち帰るために一度返して、時間になったら迎えに来てもらうという話になっている。
「ドレスのこと自体が嫌いになりそうだわ」
「でも、どれもよく似合っていましたよ」
「……アランって結構そういうこと平気で言うわよね」
「いけませんか?」
「いや、別に悪くはないけれど」
それから、アランの行きたいと言っていた紅茶や食器を取り扱う店に行った。
どうやら本当に紅茶が好きなようで、ここで大半の時間を使っていた。
私自身は嫌いではないが、今まで王妃教育で趣味に時間を使うことができていなかったからこういう時間が新鮮だった。
「お金は気にしないでいいわよ。うちに来てくれたお祝いも渡せていなかったし」
「え、いや申し訳ないですよ」
「いいのよ。うちは新しいメイドや執事が来たらお祝いの品を渡すことを恒例化しているの。アランは私の執事だし、素直に受け取ってちょうだい」
「…分かりました。ありがとうございます」
遠慮がちにアランは微笑んだ。
しばらく悩んでいたようだけれど、欲しいものは全て買うよう私が念押ししたため欲しい物を素直にレジに運んでくれた。
きっと念押さなければ、遠慮していたに違いない。
会計した値段もそこまで高くなく、会計を済ませて商品が紙袋を受け取る。
そのままアランに渡せば、嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ馬車が来るまで広場で待っていましょうか」
「はい」
お店から広場まで移動する途中、大通りは人が多いからという理由で少し裏道に入ることになった。
少しひんやりとした裏通りは、表通りと比べてずいぶん静かだった。
何となく嫌な予感がしつつ早足で歩いていれば、後ろから声がかけられた。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな」
後ろを振り返れば、ローブを被った複数の人が立っていた。
皆、顔が見えないように深くフードを被っている。
「……何かしら」
「リディア・ウィルソンだな」
先程までの明るい声から一転、暗く硬い声を男は発した。
リーダー格の男はそう言って一歩前に出る。
そして、その後ろに控えている人たちもじりっと距離を詰めてくる。
「…お嬢様、お下がりください」
私の名前を出さないように気を付けながら、アランが私を守るように前へ出た。
先程までただ静かだった裏通りに緊張が走る。
「大人しく我々についてきてもらおうか」
男の言葉に周りにいた人たちは懐からナイフを取り出した。
これはまずいかもしれない。
私もアランも魔法が使えるとはいえ、相手の方が人数の有利がある。
どちらも動かないまま時間が流れる。
__先に痺れを切らしたのは相手だった。
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