第13話
『ちょっとやめてよ!』そう言おうとして口を開いたけれど、ナツコの笑い声が大きくてかき消されてしまった。
「みてこれ、これが星羅の彼氏だって!」
ナツコの声に興味を持ったクラスメートたちが集まって来る。
「待って……」
慌ててマチコに手を伸ばすけれど、マチコはあたしのスマホを握りしめたまま教卓へと走って行ってしまった。
クラスメートたちがその周辺に群がり、とても入っていける状態ではない。
「なにこの男、キモイんだけど!」
「こんなのが彼氏? 趣味悪~い!」
あちこちから笑い声が聞こえてきてあたしの気持ちは萎縮してしまう。
クラスメート全員から笑われている気分になって、逃げ出したくなった。
海はブサイクなんかじゃない。
そう分かっているのに、言い返す事ができない。
クラスメートたちだって、あたしを傷つけるためにわざと言っているだけだ。
理解しているのに、傷ついてしまう自分が情けない。
「なにしてるの?」
その時教室へ入って来たのは香澄だった。
香澄は教卓の前で騒いでいるマチコたちを見て興味津々に近づいて行く。
まずい。
クラストップの香澄にまでバカにされたらどうなるか……!
ようやく足が一歩を踏み出したが、遅かった。
クラスメートたちは香澄が近づくとすぐに道を開けて、あっという間にマチコまでたどり着いてしまうのだ。
あたしがスマホを取り返そうとしてマチコに近づいても、誰も協力してくれないのに。
「これ見て! これが星羅の彼氏だって!」
マチコが香澄にスマホ画面を見せる。
香澄はしばらく無言でスマホを見つめていたが……次の瞬間、こらえきれなくなって噴き出していた。
「あははははは!」
香澄は心の底からおかしそうに笑い声をあげ、目に涙まで浮かべている。
それにつられたクラスメートたちがまた笑い始めて、教室内は地響きでもしそうな笑い声に包まれてしまった。
あたしは1人、唖然としてその場に立ち尽くしてしまった。
人の彼氏の写真が、どうしてそんなにおかしいんだろう?
海はそんなに変な顔でもないのに、どうしてバカにするんだろう?
徐々に鬱屈した気持ちがせり上がって来る。
こんなイジリに負けてたまるかと思いながらも、悔しさが止められなかった。
あたしは立ち尽くしたまま下唇を噛みしめた。
「まぁまぁ、好みは人それぞれだからね」
ようやく笑いが治まって来た香澄が言う。
「いいんじゃない? 引きこもりのことが好きでも」
その言葉にあたしは凍り付いた。
さっきまでの悔しさや怒りは一瞬にして消えて行き、代わりに全身に冷や水を浴びせられたような気分になった。
あたしは目を見開いて香澄を見つめる。
どうして香澄は海が引きこもっていることを知っているんだろう。
嫌な予感で胸が押しつぶされてしまいそうだった。
心臓は早鐘を打ち始めて、全身に冷たい血液を送り続ける。
「この男引きこもりなの?」
香澄の言葉を聞き逃すはずがなかった。
ナツコは驚いたように声を上げ、そしてまた笑い出した。
「知ってるよ。近所だもん」
香澄はそう言いながらあたしに一歩一歩近づいてくる。
今すぐここから逃げ出したい。
海との幸せな記憶が全部崩れ去って行く前に、逃げないと……!
香澄に背中を向けて走り出そうとしたその瞬間、あたしは腕を掴まれていた。
細くてなめらかな指先に振り向くと、香澄いた。
「窪村海。無職の引きこもり、ついでに暴力的。あたし、よく知ってるでしょう?」
香澄はそう言い、氷のように冷たい微笑みを浮かべていたのだった。
香澄が変わったのはその日からだった。
それまではあたしやコトハを見下すだけだった香澄だけれど、執拗に絡み始めたのだ。
「ねぇ星羅ちゃん。星羅ちゃんはデートの時にどこに行くの?」
休憩時間になると香澄はあたしの机まで移動して来てそう聞いた。
「海の家だけど……」
素直に答えた瞬間、香澄がプッと噴き出した。
「だよねぇ! だってあいつは引きこもりだもん。外でデートなんてできないよね!」
教室中に響き渡る声でそう言い、大声で笑い始める。
香澄の取り巻きたちも、香澄の機嫌を損ねないように同じように笑い始める。
するとあたしの鼓膜は割れんばかりの笑い声に揺らされて、思わず耳を塞ぎたくなった。
「あたしは彼氏と温泉旅行とか行ってるよ」
普段彼氏の話なんてしない香澄があたしを見下ろしてそう言った。
「そうなんだ……」
香澄が彼氏とどんなデートをしようとあたしには関係ない。
そう思って視線を逸らすとその瞬間に「あれ? 嫌味みたいになっちゃったかな? ごめんね」と、含み笑いを見せる。
別になんとも思ってないし。
そう言おうと思っても、言葉が口から出て来ることはなかった。
ただただ、香澄と取り巻きたちの言動を我慢するしかできない。
そんな自分が情けなくて俯いてしまった。
本当はなにか言い返したいのに……。
「ま、せいぜいお幸せにね」
あたしをイジることに飽きたら香澄はそう言って鼻歌を歌いながら自分の席へ戻って行くのだ。
「なにがしたいんだろうね、あれ」
香澄がいなくなると入れ替わるようにコトハがやって来て香澄を睨み付けた。
「自慢したいだけだよ」
あたしは吐き捨てるように言って、次の授業の教科書を準備する。
「それだけならいいけれど……」
「どういう意味?」
コトハの言葉が気になり、視線を上げた。
「エスカレートしていかなきゃいいなって思っただけ」
コトハの不安は、この後的中することになる……。
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