第23話

☆☆☆


「小学校の作文の時でもそうだった」



あたしはベッドに寝転がって天井を見上げて呟いた。



幼い頃の記憶は次から次へと蘇って来る。



幼稚園の誕生日だけじゃない。



それ以降も、両親の物言わぬ威圧感は続いていた。



小学校の頃出された宿題では将来の夢を書かされた。



あたしはその頃にはすでにパティシエを夢見ていたから、それをそのまま書きたかった。



でも、書かせてすらもらえなかったのだ。



『そんな夢叶うワケがない』



作文を書いていて夜、父親から冷たくそう言われた事をあたしは忘れない。



結局、作文にパティエと書く事を許してもらえず、あたしは公務員になりたいと書かされたのだ。



それは両親の夢だったのだろう。



公務員と言っておけば、誰からも笑われない。



ちゃんとした仕事だと、勝手に思い込んでいるのだ。



その結果もあり、あたしは今の高校に入学することになってしまった。



中学の頃いくら本気でパティシエになりたいと訴えても無視され、志望校まで勝手に決められたのだ。



本当なら県外の専門的が学校に入学できたはずなのに……。



思い出してあたしは下唇を噛みしめた。



普通高校を卒業した後でも夢を追い掛けることはできると思う。



だけど、今の両親と一緒にいる限りは無理だと思えた。



あたしは鞄からスマホを取り出して『人格矯正メロディ』のアイコンを見つめた。



もしも両親にこれを聞かせることができたらどうなるだろう?



パティシエの夢を諦めることはなくなるだろうか?



それ所か、もしかしたら全力で応援してくれるようになるかもしれない。



あたしはスマホをグッと握りしめたのだった。



夜になり、あたしはキッチンヘと移動して来ていた。



テーブルの上にはカレーとサラダが並んでいる。



あたしは何事もないかのように自分の席に座り、膝の上にスマホを置いた。



食事中にスマホをイジることは厳禁とされているので、見つからないようにしないといけない。



「さぁ、食べよう」



父親がいつも用にそう言い、食事が始まる。



あたしは微かに緊張していてスプーンを持つ手が震えてしまった。



しかし、両親はそれに気が付かない。



父親の仕事の話や、株価の話なんかをしている。



あたしは右手でスプーンを持ったまま、そっと左手をスマホへと移動した。



そして、アプリをタップする。



普段は流れない音楽が食卓に流れたことで、一瞬両親は怪訝な表情をこちらへ向けた。



しかし、それもすぐになくなりジッとあたしの方を見つめはじめた。



それはいつもの冷たい視線ではなく、のめり込むような深い視線だ。



そして10秒後、音楽は止まった。



あたしはゴクリと唾を飲み込み、そして息を吸い込んだ。



「2人はあたしを甘やかす人になる」



そう言った途端、2人は我に返ったように瞬きをした。



「星羅、おかわりあるけどいる?」



途端にそう言われ、あたしは母親へ視線を向けた。



母親は今まで見たことがないほど満面の笑みを浮かべている。



「ううん。いいよ」



「そう。デザートのスイーツもあるから、沢山食べるのよ?」



「うん」



突然変化した母親に少し戸惑いつつも、上手く行ったことを確信した。



「お父さん、あたしはパティシエになりたいの」



「あぁ。もちろんなれるとも! いくらでも応援するよ!」



父親は嬉しそうに笑っている。



「公務員にはならないけど、いい?」



「そんなものならなくてもいい! 好きな仕事をすればいいんだよ!」



やった!



これであたしの夢を邪魔する人はいなくなったんだ!



あたしは内心、ニヤリと笑ったのだった。


☆☆☆


翌日学校へ行くと真っ先にコトハに昨日の出来事を話して聞かせた。



「そっか、夢を応援してくれるんだね」



「うん! お父さんはいくらでもお金を出してくれるって言うし、これなら海外留学も夢じゃないよ!」



あたしの未来は一気に明るいものに開けた気がした。



すべてがキラキラと輝いて見えるのは、このアプリのお蔭だった。



「それなら、もうアプリを消しても問題ないんじゃないかな?」



「え?」



あたしはコトハの言葉に驚いて目を見開いた。



今、コトハはなんて言ったんだろう?



「だって、学校も彼氏も夢も、全部順調なんでしょう? それならもうアプリはいらないよね?」



「なに言ってるの? これから先なにが起こるかわからないんだから、持っておくに決まってんじゃん!」



「でも、副作用が出たらどうするの?」



まだそんなことを言っているんだ……。



あたしは呆れてコトハを見つめた。

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