第22話

「で、でもそう書いてあったの!」



「書いてあったってどこに?」



「このサイトだよ!」



コトハが見せてくれたのは都市伝説を取り扱っているサイトだった。



『人格矯正メロディ』のことも記載されている。



《人格矯正メロディ


このアプリをダウンロードして流れて来る音楽を聴かせる。



その後相手に『大人しくなる』とか『明るくなる』と言った指示を出すと、その通りの性格になる。



まさに相手の人格を変えてしまうアプリだ》



「ずっと下の方を読んでみて」



コトハに言われて画面をスクロールして行くと、『人格矯正メロディ』についての様々な憶測が飛び交っていた。



《アプリの効果がない人もいるらしい》



《音楽は市販のCDのもので、実はただの思い込みで性格が変わるらしい》



《副作用もあるって聞いた! 音楽を聴かせた相手が急に狂暴化したって!》



数々の書き込みを確認した後、あたしは大きくため息を吐きだした。



コトハがこんな憶測に振り回されているなんて思っていなかった。



「こんなの嘘に決まってんじゃん。なんの証拠もないデマだよ」



あたしはそう言ってコトハにスマホを返す。



「でも……」



「あのねコトハ、この『人格矯正メロディ』は本当にすごいアプリなの。このアプリをこれ以上広めたくないと思った人がデマを書いてるんだよ」



「そうなのかな……?」



コトハの顔はまだ青白い。



あたしの言葉よりもサイトの書き込みを信用しているようで、ムッとする気持ちが芽生えた。



「よく読んでみてよ副作用について書いてるのはこの一件だけだよ? こんなものに踊らされるの?」



そう言うと、コトハは黙り込んでしまった。



「そういうことだから、気にしないのが一番だよ?」



あたしはそう言い、コトハの肩を叩いたのだった。


☆☆☆


学校生活と海との関係が改善されても、まだ改善されていないものもあった。



「ただいま」



そう声をかけて玄関を上がるとトイレから出て来た母親と視線がぶつかった。



母親は無言であたしに視線を送り、そしてリビングへと入って行く。



母親の姿が見えなくなるとあたしは大きく息を吐きだした。



両親がそこにいるだけで強い威圧感を覚えるようになったのは、子供の頃からのことだった。



暴言を吐くわけでもない、手を上げるわけでもない。



だけどあたしの両親の言葉の端々には有無も言わせぬ命令が含まれているのだ。



拒否できるはずなのにできない。



嫌だと言えるはずなのに言えない。



物言わぬ力にあたしは抑圧され続けて来ていた。



自室に戻ってベッドに横になると、幼い日の出来事が思い出されて来た。



あれは、あたしが幼稚園に通っていた頃のことだった……。


☆☆☆


「星羅、買い物にいくから準備しなさい」



あの日、母親にそう言われてあたしは自分で一生懸命着替えをした。



家や幼稚園で教えてもらったのだ。



服が上手く脱げなくても、母親はジッとあたしを見ているだけだった。



ズボンを脱ぐときに足が絡まってこけても、手をかさなかった。



あたしは自力で着替えを終えて、ようやく母親と2人で家を出た。



今思えば両親はあたしを強い子に育てたかったのかもしれない。



その日はあたしの誕生日で、好きなオモチャをひとつ買ってくれる予定だった。



前日からウキウキして、なかなか寝付けなかったことを覚えている。



欲しいオモチャは一週間も前から決めていた。



新しいお人形を買ってもらうのだ。



友達は新しいお人形が発売されたら次々と買ってもらっていたが、あたしの家はそうじゃなかった。



やはり甘やかしてはいけないと思っていたのだろう。



オモチャは特別な誕生日やクリスマスと言った日にしか買ってもらうことができなかったのだ。



「今日はオモチャを気に行くからね」



「うん!」



母親に手を引かれて歩く道のりは楽しかった。



好きなオモチャを買ってもらって、家に帰ればケーキが待っている!



そう思うと自然と足が弾んだ。



でも……。



「これがプレゼントよ」



そう言って渡されたのは知育玩具だったのだ。



数字やアルファベットや日本語が書かれた本にブロック。



「でも、欲しいものはこれじゃないよ?」



あたしがそう言っても母親は聞く耳を持たなかった。



「お洋服はこれ。オモチャはこれ。これ意外は手にしなくていいの」



そんなことが日常的になってきて、反論すればとても冷たい目で射抜かれた。



その目で見られることを恐れ、あたしはなにも言えなくなってしまったんだ……。

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