第21話

「今日はどこへ行くの?」



あたしがそう聞くと、海はいくつかのデートプランを話はじめた。



最近はいつでもこんな感じで、海が行く場所を考えてくれるようになっていた。



「最後に行くのって最近できたフランス料理屋さんじゃないの? そんなところ予約したの?」



あたしは海のプランを聞いて目を丸くした。



普通のレストランよりもリーズナブルだと聞いたことがあるが、それでも高級だろう。



「実は昨日初給料がでたんだ。こうしてバイトを始めることができたのは星羅のお蔭だし、少しくらい頑張らせてよ」



海はそう言ってあたしの手を握りしめてくれた。



その手の温もりにジンッと胸の奥が熱くなる。



海がこうしてあたしのために一生懸命動いてくれるなんて、本当に夢のようだった。



「ありがとう海。あたし海の彼女で良かった」



そう言う声が思わず震えてしまった。



視界がジワジワ滲んできて、涙が頬を流れて行く。



今まで海から受けた暴力が、まるで泡のようにはじけて消えて行くのがわかった。



「何度も傷つけてごめんな。これからは絶対に大切にするから」



海は指先であたしの涙をぬぐい、ソいったのだった。



すべてが順風満帆だった。



学校生活も、海との関係もこれ以上ないほどに彩られている。



「おいデブ! 邪魔だぞ!」



クラス内では田村が男子生徒たちからイジられ、笑われていた。



クラストップであるあたしが田村をないがしろにしているから、他のみんなも同調しているのだ。



あたしはその様子を見つめて笑う。



田村は大きな体を押しのけられて、クラス内で小さくなってしまっている。



「星羅ちゃん、ジュース買ってきたよ」



「星羅ちゃん、家族で出かけてお土産買って来たの」



「星羅ちゃん」「星羅ちゃん」「星羅ちゃん」



椅子に座っているだけで話しかけて来る女子生徒だち。



みんなに手にはあたしへのお土産を持ていて、面白い話を聞かせてくれる。



あたしはただ座ってお土産を受けとり、そして話を聞くだけ。



それだけでみんなあたしへ媚を売ることができたと思って満足するのだ。



あたしに気に入られるために必死に動き回る生徒たちを見るのは快感だった。



ただひとつ気がかりなのはコトハのことだった。



あたしと仲のいいコトハがイジメられることはないけれど、今の状況を楽しんでいるようにみえなかったのだ。



それよりも、今日は登校して来てからずっとスマホを見つめている。



なにかを調べているようで、すごく真剣な表情をしているのだ。



こんなコトハを見かねてあたしは自分から席を立った。



あたしが自分から席を立って他の子のところまで移動するなんて、滅多にないことだった。



「コトハ、さっきからずっと何を見てるの?」



「星羅……」



顔を上げたコトハは目の下にクマができていて、目が充血していた。



「ちょっと、どうしたのコトハ。寝てないの?」



驚いてそう聞くと、コトハは軽く頷いた。



「最近調べものをしてて……」



「調べものってなに? 大変なことなの?」



「『人格矯正メロディ』について」



コトハの言葉にあたしは息を飲み、そして周囲を確認した。



幸いにも誰もあたしたちの会話を聞いていなさそうだ。



「調べてみてわかったことがあるんだけど……」



「待って! その話は廊下でしよう」



あたしはコトハの言葉を遮り、そう言ったのだった。


☆☆☆


ひと気のない場所へ移動してきたあたしは「調べたってどうして?」と、コトハに聞いた。



『人格矯正メロディ』がダウンロードできたサイトはもう消えてしまった。



あのアプリはすでにダウンロードできないはずだ。



「あのアプリを使いたいなら、あたしが使ってあげるって言ったよね?」



「違うの。そうじゃない」



あたしの言葉にコトハは左右に首をふる。



「じゃあどうして今頃になって調べてるの? コトハも使いたくなったからじゃないの?」



「違うの……。あのアプリについて噂を聞いたから気になって調べているの」



「噂?」



あたしが首を傾げてそう聞くと、コトハは青ざめた顔であたしを見つめた。



「ごめん。あたしが星羅にあのアプリを進めたのに、まさか副作用があるなんて……!」



「副作用ってなんのこと?」



「あの音楽の副作用だよ。音楽を聴いて人格を矯正された人間は、後々副作用が出ることがあるんだって」



コトハにそう言われ、あたしは目を見開いた。



「音楽に副作用? そんなものあるわけないじゃん!」



あたしはそう言い、大きな声で笑った。

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