第20話

『人格矯正メロディ』を聞かせて以来、あたしに話かけることのなくなった田村だけれど、相変わらずクラス内では浮いた存在だった。



特に女子たちからは目に見えて敬遠されている。



「そうだ、面白い事おもいついちゃった!」



それは暇な日常をほんの少しだけ面白くする方法だった。



過去のあたしなら絶対にできなかったと思うけれど、今は違う。



あたしのやることを否定する子はこのクラスにはいないはずだ。



「なにをする気?」



コトハが怪訝な顔をこちらへ向けて聞いてくる。



あたしは軽く鼻を鳴らして「まぁ、見てなって」と、答えたのだった。


☆☆☆


「あ、ごっめーん! 大きな壁にぶつかっちゃった!」



あたしは大きな声でそう言い、座っている田村を見た。



田村は頭からコーヒーを被り目を丸くしてこちらを見ている。



後ろからわざと田村にぶつかり、マチコが買って来たコーヒーを頭からかぶせてやったのだ。



一瞬クラス内がシンと静まり返るが、次の瞬間あちこちから笑い声が聞こえてきていた。



「やっば! 田村クッサー!!」



「オヤジ臭にコーヒーの臭いが混ざるとか、毒ガスなみじゃん」



女子たちが声を上げて大笑いする。



「なにすんだよ!」



コーヒーをかけられた田村が顔を真っ赤にして立ち上がる。



その瞬間、あたしと田村の間にマチコとナツコが入ってきていた。



「なんなのあんた。文句でもあるの?」



「星羅ちゃんはちゃんと謝ったよね?」



2人に詰め寄られて田村はたじろいている。



「でも、頭からコーヒーかけるなんてひどいだろ!」



「なによ。元々臭いんだからなにも変わらないでしょ?」



ナツコの言葉に再び教室中に笑い声が溢れた。



クラス内に自分の味方がいないと気が付いた田村は居心地が悪そうに逃げて行ってしまった。



その後ろ姿を見てプッと噴き出す。



「今の田村見た? 巨漢がドシドシ音を立てて逃げて行った!」



「あはは! 最高だったね星羅ちゃん!」



「さっすが星羅ちゃん! あたしたちを笑わせるためにあんなことをしてくれたんだね!」



あちこちから賞賛の声が聞こえてきて気分は良くなる。



あたしはコトハへと視線を向けた。



当然コトハも笑ってくれていると思ったのだが……。



なぜかコトハはあたしへ向けて冷たい視線を送っていたのだった。


☆☆☆


「田村のこと、面白かったでしょう?」



昼休憩時間中コトハにそう聞くと、コトハはしかめっ面をして左右に首を振った。



「ああいうのは良くないと思うけど」



「どうして? みんな笑ってたよ?」



「そうだけど、イジメみたいなことはやめた方がいいよ」



どうやらコトハは本気でそう言っているみたいだ。



あたしはキョトンとしてコトハを見つめた。



いつからそんなに真面目な子になったんだろう?



あたしの知っているコトハはもう少し融通が利く子だったと思うけど……。



「あ、わかった!」



突然閃いて、つい大きな声を出してしまった。



「今度はなに?」



コトハが驚いた顔をあたしへ向けている。



「コトハ、田村のことが好きなんでしょう? だから嫌だったんだ?」



「なに言ってるの? そんなワケないじゃん」



「だよねぇ。田村のことが好きとかありえないし! 冗談だよ、冗談!」



あたしはそう言うと大きな声で笑った。



「とにかくさ、香澄にイジメられて嫌だったなら、やめるべきだと思ったの」



「あぁ~……そんな過去のこと、もう忘れた」



あたしはキッパリと言い切った。



本当は忘れてなんていなかったけれど、今が少しでも楽しい方がいい。



だって、人間っていつ死ぬかわからないでしょう?



それなら、あたしは今を楽しみたい。



「本気で言ってるの?」



「コトハってば硬いことばかり言わないでよ。今を楽しもうよ、ね?」



あたしは強引にそう言い、また大きな声で笑ったのだった。


☆☆☆


あたしと海の関係も相変わらず順調だった。



引きこもりだった海はあたしとのデートのために外に出るようになった。



でも、外に出ればお金がかかる。



そう理解した海は、数日前からアルバイトを始めていたのだ。



「海、今日も遅刻してごめんね~?」



5分ほど遅れて約束場所のコンビニへ到着すると、海はすでに来てくれていた。



こうして海と外で待ち合わせをすることだって、初めてかもしれない。



「全然待ってないから大丈夫だよ」



海はニコニコと笑みを浮かべてそう言った。



昔の海なら、少しでも時間に遅れたらあたしへ向けてキレていた。



下手をしたら、1分遅刻しただけで殴ってくるときもあったくらいだ。



それはいつもで海の気分しだい。



あたしはそんな海相手に、いつもビクビクしていたのだ。



少しくらいわざと遅刻して到着したって、咎められる筋合いはなかった。

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