第33話

「音楽の副作用にも色々あるみたい。人によって違うから、これだけで終わるかどうかもわからない」



「ちょっとどういうこと? 副作用で急に態度が変わるなんてありえないじゃん!」



叫ぶあたしを、コトハは冷めた目で見つめた。



その目で見つめられると体中が凍えてしまいそうになる。



「アプリの音楽だけで人格が変わったんだよ? その副作用で態度が変わるくらい、十分あり得るんじゃないの?」



「そんな……!」



あたしは自分のとりまきたちへ視線を投げかけた。



視線が合わさる前に、顔をそむける子。



含み笑いを浮かべる子。



あたしを見ながらヒソヒソと噂話を始める子。



そこにある光景は昨日までとは打って変わった物になっていた。



「待ってよ。音楽を聴かせてない子だっているのに、どうして……?」



「1人が態度を変えればそれに便乗するのは当たり前じゃない? 大人しいユウカが星羅に歯向かったことで、みんなの考えが変わったんだよ」



あたしはユウカへ視線を移動させた。



ユウカは他の友人たちと夏休みにどこへ遊びに行くか熱心に見当している様子だ。



あたしは大股にユウカに近づいた。



「ちょっとユウカ! どういうつもり!?」



怒鳴って威嚇したつもりだが、ユウカはキョトンとした表情をこちらへ向けている。



「どういうつもりって、どういう意味? あたしは自分のテストを返してもらっただけだけど?」



ユウカはそう言い笑う。



つられて、ユウカの友人たちも声を上げて笑った。



普段は大人しいユウカにしては、堂々とした態度だ。



これが音楽の副作用ということなんだろうか?



「あのテスト結果はあたしのものよ! ユウカだって、承諾したでしょ!」



「承諾? そんなのした覚えはないよ? 星羅があたしに変な音楽を聴かせたのが原因なんでしょう!?」



ユウカはそう怒鳴り、立ち上がった。



「なっ……!」



誰が音楽の事言ったんだろう?



一瞬そう思ったが、クラスメートたちが入る前であのアプリを使った事を思い出した。



「あのアプリのことはコトハから聞いたよ。『人格矯正メロディ』って言うんだってね?」



ユウカがジリジリとあたしに近づいてくるので、あたしは一歩また一歩と後退してしまった。



「コトハが嘘をついてるだけだよ。そんなアプリあるわけないでしょ」



あたしはユウカを睨み返してそう言った。



ここで弱いところを見せるわけにはいかなかった。



「へぇ? でもね、あたしからすればアプリがあるかどうかなんて、どうでもいいことなの!」



「え?」



ユウカの言葉に眉を寄せた次の瞬間だった。



ユウカの右手があたしの頬を思いっきり叩いていたのだ。



あたしは一瞬なにが起こっているのか理解できず、瞬きを繰り返した。



そして徐々に左頬がヒリヒリとした痛みを感じ始め、ようやくユウカに殴られたのだと理解した。



理解すると同時にカッと頭に血が上るのを感じた。



「なにすんのよ!」



怒鳴り声を上げ、ユウカにつかみかかった。



ユウカも負けじとあたしの制服を掴み返して来る。



2人そろって床に崩れ込み、それでも手を離さなかった。



「あたし今、誰かを……ううん、星羅を強烈に殴りたい気分なんだよね!」



ユウカはニヤついた笑みを浮かべて叫んだ。



「なに言ってんのあんた! 頭悪いんじゃない!?」



あたしも負けじと叫ぶが、ユウカが体勢を立て直してあたしの上に馬乗りになってきた。



「どけろよ!」



怒鳴り声を上げてユウカの顔に爪を立てる。



ユウカの頬に突き刺さった爪は肉に食い込み、薄皮が向けた。



ジワリと微かに血が滲んできても、ユウカはほほ笑みを浮かべたままあたしを見下ろしている。



その不吉な笑みにゾクリと背筋が寒くなった。



こんなユウカ、見たことがない。



「コトハ助けて!」



咄嗟にそう叫んでいた。



首を曲げてコトハへ視線を向ける。



しかしコトハはあたしを見て悲しそうな表情で左右に首をふるのだ。



「助けてよ!!」



いくら手足を振り回しても、ユウカの体はビクともしない。



あたしが暴れれば暴れるほどその微笑みを深くしていっているような気さえした。



「それがユウカに現れた副作用なんだよ」



コトハが静かな声で言う。



「副作用でもなんでもいいから、助けて!!」



こんなに沢山生徒たちがいるのに、誰ひとりとしてあたしを助ける人はいなかった。



ユウカとその取り巻きたち。



昨日まであたしの取り巻きだった生徒たちが、はやし立てるように手を叩いて笑っている。



ユウカはそれに乗せられるように呼吸が大きく、深くなっていくのがわかった。



あたしの上に馬乗りになったまま、拳を握りしめるのが見えた。



「やめて……!!」



あたしの言葉は、ユウカには届かなかったのだった……。

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