第34話

☆☆☆


ユウカが手を止めたのは、授業開始のチャイムが鳴る一分前だった。



その時間になるとさすがにユウカの取り巻きたちが止めに入ったのだ。



あたしは体をグッタリと寝転ばせたまま、教室内を見回した。



みんな素知らぬ顔で自分の席に座っている。



まるであたしが見えていないかのような態度に腸が煮えくりかえった。



机に手をついてどうにか立ち上がると、体中が痛んだ。



ユウカはあたしの顔だけじゃなく、腹部や太ももなど、あらゆる箇所を殴りつけては大きな笑い声を上げていたのだ。



「あんたたち、なに黙ってんのよ!」



あたしはマチコとナツコへ向けて怒鳴り散らした。



しかし2人ともあたしの声に反応せず、教卓に向いて座っている。



「ちょっとあんたたち!」



マチコの机を両手で叩き、睨み付ける。



マチコはそんなあたしを見て歪んだ笑顔を見せている。



香澄が学校へ来ていたころ、あたしへ向けていたあの笑みと同じものだった。



「ナツコ、あんたねぇ!」



ナツコへ視線を向けて同じように怒鳴ろうとするが、その声は途中で途切れてしまった。



同じような、人を見下してバカにした笑顔がこちらへ向いていたのだ。



2人だけじゃない。



気がつけば、クラス中からその笑みがあたしへ向けられているのだ。



ユウカもコトハも田村も……みんなみんな、あたしを蔑んでいる。



「やめてよ……」



あたしは震える声でそう言っていた。



みんなから逃げるように後退し、ドアの前で立ちどまる。



「そんな風に笑うのやめてよ!!」



怒鳴ると、口から血が流れ出た。



殴られた時、頬の内側が切れてしまっていたようだ。



でも、今はそんな痛みも感じなかった。



ただみんなの笑顔が怖かった。



無言で見下され、バカにされているような気分だった。



「なんでそんな目で見るの!?」



あたしはそう怒鳴り、教室へ入って来た先生を突き飛ばして逃げ出したのだった。


☆☆☆


『人格矯正メロディ』の副作用?



そんなものあるはずない。



そんなもの……!



あたしは一人で学校の近くの公園に来ていた。



冷たい水で顔を洗い、脳裏にやきついたみんなの笑顔をかき消した。



少し気分が落ち着いてからベンチに座り、コトハが見せてくれた都市伝説のページを確認する。



《結局あのアプリは不良品だったんだ。人格矯正なんてできるわけがなかったんだ》



《残念だな。夢みたいなアプリができたと思ってたのに》



《俺はもうあのアプリは消したよ。使った相手に殴られたんだ》



「嘘でしょ、いつの間にこんなに沢山の書き込みが……?」



気が付かない内に、アプリは不良品であるという書き込みが100件以上されていたのだ。



「アプリを消せば副作用が出なくなるのか、確認しなくちゃ!」



アプリを削除することでユウカのようなことにならないなら、消すしかなかった。



しかし、焦ってなかなか文字が打てない。



もたもたしている間に、下を向いていた視界の中に白いスニーカーが見えた。



それは見おぼえるあるもので、あたしは顔を上げる。



「海、バイトはどうしたの?」



目の前に立つ海に驚きつつ、そう声をかける。



海は無言のままジッとあたしを見つめている。



なにか様子がおかしいような気がして、あたしはほほ笑んで見せた。



「海?」



優しく声をかけながらベンチから立ち上がったその瞬間、突如として海の右手の拳があたしの頬を殴っていたのだ。



突然のことに真面に殴られてしまい、横倒しに倒れ込んだ。



痛みよりも先に驚きに目を見開き、その後ズキズキとした深いうずきが頬に訪れた。



あたしは倒れ込んだまま頬を押さえて海を見上げた。



「どうしたの海?」



そう聞いてもやはり返事はなかった。



海の目はただジッとあたしを見据えているだけで、なんの感情も感じ取る事はできなかった。



あたしを見ているのに、見ていない。



そんな感じだ。



嫌な予感がして背中に冷や汗が流れた。



公園内には誰の姿もなく、助けを求める事はできない。



あたしは這うようにして体の向きを変えて逃げ出そうとした。



しかし……向きを変えた先に誰かの足が見えたのだ。



細くて白いその足を見上げていくと……そこにいたのは香澄だった。



あたしは小さく悲鳴をあげて尻餅をついてしまった。



いったいいつからそこに立っていたんだろう?



足音なんて聞こえてこなかったし、気配だって感じなかった。



「香澄……?」



声をかけてみても、香澄は返事をしない。



海と同じような、なにも見えていないような奇妙な目であたしを見つめている。



「ちょっと……2人ともどうしたの?」



重苦しい雰囲気を打開するため、できるだけ明るい声で言った。



しかし、その声は情けないほど恐怖で震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る