第35話
2人は無言のままジリジリと近づいてくる。
「なによ? なにか用事なの?」
必死に話しかけるが、やはり返事はなかった。
不安と恐怖で心臓が早鐘を打ち始めた時、海の右手があたしの胸倉をつかみ、すごい力で引き立たされていた。
あたしはか細い悲鳴を喉の奥から絞りだす。
海はあたしの体が軽々と片手で持ち上げると、同じ目の高さまで持って来て制止した。
あたしの足は8センチほど浮き上がり、つかまれた胸倉で窒息してしまいそうだった。
それよりなにより、海がこんなに力があるなんて知らなかった。
まるで火事場の馬鹿力だ。
あたしは必死に海の腕から逃れるために両足をバタつかせた。
しかし、抵抗すればするほど苦しみは増して行く。
「なにを……」
苦し気な声を振り絞った瞬間、海があたしから手を離していた。
ただ離したのではない。
まるでゴミを投げるように吹き飛ばしたのだ。
あたしの体は強く地面に叩きつけられ、周囲は土埃が舞った。
「ゲホッゲホッ……」
喉の苦しみと埃でむせて涙が滲んで来た。
煙の向こうから2人が近づいてくるのが見える。
逃げなきゃ……!
なにが起こっているのかわからないが、命の危険を感じたあたしはあかちゃんのようにはいつくばって必死に移動する。
どうにか立ち上がろうとしてみても、恐怖で足腰が立たなくなってしまっているのだ。
そんなあたしの視界に、見覚えのある2人が公園へ入って来るのが見えた。
その姿を見た瞬間、思わず泣きそうになってしまった。
あの人たちの姿を見つけてここまで安堵したことは、生まれて初めてかもしれない。
「お父さんお母さん!!」
あたしは必死で2人に呼び掛けて手を振る。
2人は真っ直ぐにあたしへ向かって歩いてきた。
よかった。
これで助かった……!
そう思ったのも、つかの間のことだった。
ずんずん歩いてくる両親に表情がないことがわかった。
海や香澄と同じように、どこを見ているのかわからない目であたしを見ている。
一抹の不安が胸をよぎった。
まさか、両親も……?
そう思った時には遅かった。
両親はすでにあたしの目の前にやってきていて、あの目であたしを見下ろしたのだ。
恐怖で胸を鷲掴みにされた状態で、あたしはほほ笑んだ。
「あ、あのねお母さん。この子たちがね」
必死で説明するあたしの声も、両親に届いているかどうかわからなかった。
なにを言っても無表情の両親を見ていると、背中に冷たい汗が流れて行って呼吸が荒くなって来た。
「ね、ねぇ……聞いてる?」
あたしがそう言って首を傾げた時だった。
突然母親があたしの腹部を蹴り上げてきたのだ。
「ぐっ……!」
あたしは声を漏らして体をくの字に曲げて悶絶した。
胃の中のものが一気に口内へと戻ってきて、吐き出した。
「お母さんやめて!」
その言葉を言い終わる前に父親の平手うちが飛んできた。
あたしは横倒しに倒れ、鼻血が出て来たのを感じる。
後ろからは海と香澄があたしの背中を殴りつけた。
なんで……?
これが、副作用なの……?
薄れていく意識の中、あたしは公園の端にコトハが立っているのを見た気がした……。
「起きて」
そんな声が聞こえてきてあたしの意識は一気に覚醒された。
しかし、目を開けても周囲が霞んで見えた。
次の感じたのは体中の痛みだった。
どうしてこんなに体が痛いんだろう?
変な場所で寝ちゃったのかな?
そう思った次の瞬間公園の風景が視界に入って来て、あたしはすべてを思い出した。
そうだ。
あたしは突然やってきた海たちに暴行されたんだ!
記憶を取り戻して起き上がろうとしたけれど、体中が痛くて再びベンチに逆戻りしてしまった。
せめてあたしに声をかけてきた人物を探そうと視界を動かしていくと、ベンチの横にコトハが立っているのが見えた。
「コトハ……?」
そう呟く自分の声が一気に年をとってしまったように感じた。
「みんなはもう帰って行ったよ」
コトハは義務的な口調でそう言った。
確かに、慣れて来た視界の中で確認してみても公園内にみんなの姿はないみたいだ。
「どうしてコトハがここにいるの?」
そう聞くと、コトハが冷たいものをあたしの傷口に押し当てて来た。
一瞬痛みがあって振り払おうとしたが、それが濡らしたハンカチだとわかって安堵した。
「ずっと気になってたから、星羅の後を追い掛けてきたの」
「まさか、コトハが海たちを呼んだの?」
ハッと感づいてあたしはそう言った。
しかし、コトハは左右に首を振るだけだった。
「じゃあ、どうして海たちはあたしが公園にいるってわかったの?」
「たぶん、スマホの位置情報を使ったんじゃないかな?」
コトハの言葉にあたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
たしかに、位置情報を確認すれば簡単に居場所はわかるけど……それでもあたしには納得できなかった。
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