第36話

「どうして海たちがあんなことをしたのか、コトハは分かってるの?」



そもそもの疑問はそこだった。



海と香澄と両親が、同時にあたしを攻撃しはじめたのだ。



あの時の驚愕は今も胸に深く刻まれている。



「副作用だよ」



コトハがまた義務的な声色になって言った。



まるであたしを見下しているようにも感じられる。



「嘘だ。あんなひどい副作用なんて聞いたことない」



「元の人格の戻ろうとする力と、強制的に作られた人格を維持しようとする力が働き合って、狂暴化することもあるって」



コトハはそう言い、またスマホ画面をあたしへ見せてくれた。



「他の書き込みは信ぴょう性が薄かったけれど、これだけは違った。だからあたしは一人で色々と調べてみたんだよ。その結果、本当の可能性が高かった」



「副作用が出た人間はどうなるの?」



「ずっとあのままだよ」



「嘘でしょ……」



無表情であたしに暴行を加え続けた4人を思い出し、青ざめた。



ずっとあのままだということは、あたしはいつ誰から暴力を受けるかわからないということになる。



4人だけじゃない。



クラス内でも音楽を使っているから、彼らが今後どんな風に変化していくのかわからないのだ。



「あたしはどうすればいい!?」



もう、藁にもすがる思いだった。



今までコトハの忠告を無視してきていたけれど、今頼れるのはコトハひとりだけだった。



「それも調べてみた。『人格矯正メロディ』が不良品だったから、人格を戻すためのアプリがでてるみたいだよ」



「人格を戻すメロディ……?」



あたしは呟く。



同時に海との楽しかった毎日を思い出していた。



ほとんど引きこもりだった海があたしのためにバイトを始めて、デートプランも全部決めてくれていた。



両親だってそうだ。



いつもは厳しい事ばかりの両親が、あたしの気持ちを尊重してくれた毎日。



人格を戻せば、そんな素敵な毎日は失われてしまうんだ……。



「星羅?」



コトハが俯いたあたしを見て不思議そうな表情を向けている。



「コトハからすれば、相手の人格を戻せばそれで終わりかもしれない。でも、あたしにとっては……」



そう言う両目からボロボロと涙があふれ出していた。



傷口が痛むからじゃない。



心がキシミはじめたのだ。



「それでも戻さなきゃいけないんだよ。このままじゃ副作用が出ている相手が可哀想でしょう?」



コトハが優しい声で語り掛けるように言う。



あたしはグッと唇をかみしめた。



涙が口内へ入って来てしょっぱい。



「あたしの生活もまた、元通りってことだよね?」



あたしは自虐的な微笑みを浮かべて言った。



また両親の決めたものの中で生きて、海の機嫌を取るのだ。



学校内でもまたクラス最下位に突き落とされてしまうだろう。



「それは違うよ」



「え?」



言い切ったコトハにあたしは顔を向けた。



コトハは柔らかくほほ笑んでいる。



「みんなが元に戻っても星羅は今から変わることができるでしょう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る