第3話

☆☆☆


あたしが海と初めて会ったのは半年前のことだった。



あの頃あたしは他校の生徒から目を付けられ、毎日のように学校帰りに待ち伏せをされていたのだ。



「星羅ちゃぁん。今日はお金持ってきた?」



長い金髪をなびかせて絡んで来たのは地元でも評判の悪いクズばかりが集まる、安井高校の3年女子だった。



偶然、あたしの帰り道に途中にあるコンビニが、こいつらのタムロ先だったというだけのこと。



あたしとこいつらはなんの接点もなかったはずだった。



それなのに、真面目に学校へ通っているというだけで目をつけられた。



「お金なんてないです……」



怯えながら返事をするとりまきの1人があたしの腕を掴んで引きずるように歩き出した。



「な、なんですか!?」



咄嗟に周囲を見回してみても、運の悪いことに通行人は誰もいなかった。



『離して!』



大きな声でそう叫ぶことができれば、コンビニの店員さんが助けにきてくれたかもしれない。



だけど、そんな風に声をあげることができる人間ばかりじゃない。



あたしはいつも肝心な時に勇気がでなくて、伝えたいことが口から出てこなくなっていた。



「お金ないじゃ困るんだよね。あたしらの遊び金なんだからさぁ」



コンビニ裏に連れて行かれ、そのまま鞄を取り上げられてしまった。



蓋をあけて逆さにし乱暴に中の物を出される。



その中に入っていたのは薄茶色の封筒だった。



「お、いいのあんじゃん!」



取り巻きの1人がすぐにそれを拾い上げて中を確認した。



「それはっ……!!」



あたしは全身の血の気が退いていくのを感じた。



それは習っているバイオリンの毎月の月謝だった。



封筒の中に5000円が入れられている。



「なんだ、たったの5000円かよ」



チッと舌打ちをしながらも、そのお札を自分のポケットにねじ込んでいく。



「げ、月謝だから……!」



必死に喉の奥から声を振り絞ってみたけれど、相手には聞こえていなかった。



いや、こんな至近距離だから聞こえていたんだろう。



あたしがどれだけ小さな声を振り絞ってみても、相手にとっては返事をする必要のないもの同然なのだ。



「財布も持ってんだろ?」



リーダー格の女があたしの制服に手を伸ばそうとした……その時だった。



「あれ、アケミじゃん」



男性の声がして顔を上げると、そこには長身の男性が立っていた。



筋肉質なのか薄いTシャツの奥から筋肉がもりあがっているのがわかった。



「海! どうしたの、こんなところで!」



途端にリーダーの女が猫なで声になる。



男性の顔をよく確認してみると、野性的で、でも整った顔立ちをしているのがわかった。



リーダー以外の女子たちも一斉に声色を変えて男に媚びはじめる。



その隙にあたしはしゃがみ込み、散乱した教科書やノートを鞄に詰め込み始めた。



月謝を取られてしまったのは諦めよう。



あたしにそれを取り戻せるような勇気なはい。



財布まで盗られなかっただけいいと思うしかない。



それにしても、この海という男性には感謝しないといけない。



女子たちが男性に夢中になっている間に、あたしは逃げる事ができるんだから。



ペンケースに手を伸ばそうとしたとき、大きな手がそれを拾い上げていた。



咄嗟に女子たちかと思ったがどう見ても手の大きさが違う。



ハッとして顔を上げるとそこには海の優しい笑顔があった。



「大丈夫? もしかして、こいつらになにかされた?」



そう質問をしながらあたしにペンケースを差し出してくる。



あたしはペンケースを受けとりながらブンブンと強く左右に首を振って否定した。



女子たちが見ているのに、本当のことなんて言えるワケがなかった。



リーダーたちの方を見なくたって、鋭い視線が体中を射抜いているのだから。



「本当に? おいお前ら、イジメとかそういうのよせよ」



「あ、あたしたち別になにもしてないし」



「そうだよ! この子が1人で寂しそうにしてたから声かけただけだしねぇ」



慌てて言い訳をしながらも、青ざめているのがわかった。



一瞬だけ、いい気味だと思った。



あたしを見下し、バカにしているヤツらが怯えているのだ。



胸の中に溜まっていたストレスがスッと晴れて行くような気がした。



「だったらさっさと帰れ! もう二度とこの子に近づくなよ!」



海の言葉にドキンッと心臓が跳ねたのだわかった。



イジメに遭っているときの嫌なドキドキ感とは違う、胸が躍るようなドキドキだった。



「君名前は?」



女子たちがいなくなったのを確認してから、海がそう聞いて来た。



「萩原です」



あたしは緊張でカラカラに乾いた声で答えるしかなかった。



女子たちがいなくなって少し落ち着いたからか、途端に男子と2人きりであることが強く認識させられた。



今まで男子とまともに会話をしたことなんてなかった。



わざわざ男友達を作る必要がなかったし、学校では必要最低限の会話しかしていない。



こんなに至近距離で男子と向かい合っていること自体が、あたしにとっては珍しいことだった。



「下は?」



「星羅です」



あたしはさっきと同じような声色で答えた。



相手にも緊張が伝わったようで、突然プッとふきだして笑い始めた。



目の横にシワを寄せて本当に楽しそうに笑う海を見て、あたしの心臓はまた大きく跳ねた。



これは一体どういうことだろう?



この海って人は別に怖くないのに、どうして心臓がこれほど跳ねるんだろう?



自分の感情に追いつかなくて混乱する。



そうしている間にいつの間にか海は黒いスマホを取り出してあたしの眼前にかざしていた。



「よかったら、番号しない?」



「え?」



「あいつらにイジメられてたんだろ? 次なにかあったら、俺に言って?」



その瞬間、心臓がキュンッと音を立てた気がした。



続いて顔が熱くなり、体中が火照りはじめる。



どうしたんだろう?



今日のあたしはなんだかおかしい。



普段はあまり知らない人とは……ううん、同じクラスの男子とだって番号交換なんてしないのに、あたしは自分のピンク色のスマホを取り出していた。



「じゃ、またね」



あたしと番号交換をした海はそう言い、片手を上げて帰って行ったのだった。

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