第12話
本当にあのアプリはすごいものだ。
ほんの数分で人の性格が180度変わってしまうのだから。
例えばあたしのことを嫌っている人間を、好きにさせることだって簡単だろう。
田村の逆バージョンだ。
人の人格が変わると言う事は感情まですべてひっくるめて変わってしまうということだ。
そう思うと少し怖いけれど、今回のように使い方を間違わなければ大丈夫だ。
《コトハ:ダメだった》
《星羅:え?》
《コトハ:あのアプリ、もう消されてた》
そのメッセージに驚き、あたしはアプリをダウンロードしたサイトを確認してみた。
「本当に消えてる……」
あたしが見た時には確かにあった。ダウンロードページが消えているのだ。
試に検索してみたが、やはりひとつもヒットしない。
《星羅:大丈夫だよコトハ。もしコトハがアプリを使いたくなったら、代わりにあたしが使ってあげるからね》
あたしはコトハに、そうメッセージを送ったのだった。
海との関係が良くなっただけで世界は全く違う色になった。
普段は無視していた道端の花の存在に気が付いたり、信号を渡っているお婆さんの手を引いてみたり。
心が軽くておだやかでいるだけで、ここまで生活にゆとりができるなんて思ってもいなかった。
「星羅今日も嬉しそうだね」
教室へ入るとすぐにコトハが声をかけてきてくれた。
「うん。毎日海とメッセージとか電話とかしてるの。こんな風にいつもあたしを気にかけてくれるなんて初めてのことだから、嬉しくて」
「そうなんだ。よかったね海の人格が変わって!」
コトハは本当に嬉しそうな表情でそう言う。
でも、あたしにはその言い方があまり好きではなかった。
「ねぇ、コトハにはあたしと海の出会いを話したよね?」
「うん。聞いてるよ?」
今更どうしたのだろうという様子で首をかしげている。
「海は見ず知らずのあたしを助けてくれたの。元々優しい人だったんだよ?」
「それはわかるけど、でも本性は違ったでしょう?」
「だから、そうじゃないの」
あたしは軽く苛立ちを感じて息を吐きながら言った。
「海は元々優しいから、人格が変わったわけじゃなくて、元に戻っただけなんだよ」
あたしの言葉にコトハはキョトンとした表情を浮かべている。
「あの音楽の効果も、そりゃああったかもしれないけどさ。やっぱり人格が変わるなんてありえないって」
「……本気でそう言ってるの?」
コトハの表情が見る見る歪んでいく。
その中にはあたしへ不信感や嫌悪感が滲んでいるようで、うろたえてしまった。
「どうしたのコトハ、怖い顔して……」
「星羅がそう思いたいなら別に止めないよ。だけどアプリの効果は甘く見ない方がいいと思う」
コトハの真剣な表情にあたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
こんなに真剣コトハを始めてみたかもしれない。
笑ってはいけない雰囲気に気圧されてしまう。
「こ、コトハってば怖い顔しないでよ。自分はアプリをダウンロードできなかったから怒ってるの?」
冗談半分でそう言って見たけれど、コトハは全然笑ってくれなかった。
くうきが重たくなるのを感じてどうにか話題を変えようと、あたしはスマホで海の写真を表示させた。
この前のデートで撮った写真だ。
海があたしを後ろから抱きしめて2人で顔を寄せ合っている。
こんな写真を見せるのは恥ずかしいけれど、この際仕方ない。
「海、こんなに優しく笑ってくれるようになったんだよ」
そう言うと、ようやくコトハは表情を和らげた。
「本当だね。この写真からは星羅を大切にしてるのが伝わって来る」
その言葉にホッと胸をなで下ろした。
「うん。本当によかったと思ってるよ」
明るい声でそう言った時、突然後ろからスマホをうばわれた。
驚いて振り向くと香澄の取り巻きのマチコとナツコが立っていた。
「なにこの男。ぶっさいくー!」
マチコが笑い声を上げて大きな声で言う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます