第25話

香澄の家は相変わらずお金持ちだった。



いつものファミレスで待ち合わせをして待っていると、香澄は外国車に乗ってやってきたのだ。



「最近家でなにしてるの?」



そう聞くと香澄は左右に首を振って「なにもしてないよ」と、蚊の鳴くような声で答えた。



学校での出来事が相当キツかったようで、頬骨が浮き出てきている。



「あまり食べてないの?」



「食欲がなくて……」



そう答える香澄は外で待っている外国車へ視線を向けた。



早く家に帰りたいのかもしれない。



「でも香澄なら平気なんじゃないの? お金持ちだから、いくらでも栄養の入った点滴が受けられるでしょ?」



あたしはそう言い、笑った。



味のしない栄養を流し込まれるだけの生活なんて、あたしには耐えられないけれど。



香澄はあたしの嫌味に気が付く事もなく、バッグから封筒を取り出した。



封筒の中身を確認すると今回もちゃんと30万円が入れられている。



もっと搾り取る事ができそうだけど、一応は制御しているのだ。



すっかり大人しくなってしまった香澄と会話をするのはつまらない。



現金を受け取ったあたしは香澄を置いてすぐにファミレスを出たのだった。


☆☆☆


他人のお金を使って友人たちと豪遊するほど楽しいものはなかった。



いくら買っても、いくら食べても誰にも文句は言われない。



自分のお小遣いだって減らない。



「そういえば、最初はコトハと遊んだんだっけ……」



欲しい物をすべて購入した時、ふとあの日の出来事が蘇って来た。



一番最初に香澄からお金を受け取った時、あの時はコトハと一緒に買い物に行った。



30万なんて大金を手にしたことは初めてだったから、すごく緊張してしまっていたことをおもい出した。



「星羅ちゃん、どうしたの?」



香澄の金で買い物をしてきた友人が笑顔で駆け寄ってきて、あたしの中の記憶はすぐにかき消された。



「なんでもないよ。次どこいく?」



あたしは明るく返事をして、みんなの輪の中に戻っていったのだった。


☆☆☆


そうしてあたしが遊んでいる間にも、コトハイジメは着々と進んでいたらしい。



翌日学校へ登校すると、コトハはクラス内全員から無視されるようになっていた。



きっと、誰かがコトハを無視するようにメッセージでも送ったのだろう。



しかし、普段からあまり人と会話しないコトハはそんなこと気にしている様子はなかった。



文庫本を広げると、あっという間に小説の世界に入り込んでいく。



そんなコトハはどこからどうみても辛そうではなかった。



それを確認して安堵している自分がいることに気が付き、驚いた。



やっぱり、あたしは今でもコトハの事を特別な友人だと感じているのだろう。



「田村とコトハって付き合ってるんだよね? キスしなよぉ!」



無視することに飽きたのか、一人の女子生徒がそんなことを言ってコトハに絡み始めた。



「別に、好きじゃないから」



コトハは文庫本から視線を上げずに答える。



その態度が気に入らなかったのだろう、女子生徒はコトハの持っている文庫本を取り上げて、そのままゴミ箱へ放り投げてしまったのだ。



「なにするの!」



慌ててゴミ箱に手を突っ込むコトハ。



「汚いなぁ! ゴミ漁ってんじゃねぇよ!」



コトハの背中へ向けて罵倒と笑い声が飛ぶ。



あたしはゆっくりと立ち上がり、コトハの隣にたった。



ゴミ箱の中へ手を伸ばし文庫本を取り出す。



その時クラス内は静寂に包まれていた。



あたしがコトハを庇うとは誰も考えていなかったのだろう。



コトハも驚いた顔をこちらへ向けている。



「コトハ、本なんてやめて一緒に話しようよ」



「でも……」



コトハはあたしの取り巻きたちへ視線を向ける。



コトハが賑やかな場所が苦手なことはわかっている。



でも、一人で孤立していると状態は更に悪化して行くだけだ。



コトハだって、そのくらいのこと理解しているはずだ。



「行こうよ、ね?」



優しく言ったつもりだった。



それなのに……コトハは「嫌っ!」と叫び声を上げてあたしの手を振りはらったのだ。



あたしは唖然としてコトハを見つめる。



コトハは怯えた表情をあたしへ向けている。



「どうしたのコトハ? もしかして、あたしがみんなに無視するように命令したと思ってる?」



そう聞くが、コトハは押し黙ったままだ。



「それなら誤解だから安心して? あたしはなにも言ってないから。ちょっと、コトハのことをイジメようとしたのは誰!?」



そう言うと2人組の女子生徒が恐る恐る手を上げた。



「ほら、あの子たち2人だって。大丈夫だよ、後からちゃんと言っておくから」



「……そうじゃないよ」



コトハが震える声で言った。



「え?」



「そうじゃないよ。イジメが怖いわけじゃない!」



あたしはキョトンとしてコトハを見つめた。



「じゃあ、なにが怖いの?」



そう聞くとコトハは怯えた顔をこちらへ向けた。



それはまるで、あたしに怯えているように見えて、あたしは言葉を失う。



「星羅は今自分がなにをしてるのか理解してない。このままどうなっていくのかも、わかってない!」



その叫び声は不愉快にあたしの鼓膜を揺るがした。



「何ってるの? なにもかも順調だよ?」

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