第26話

クラスでの地位も、将来の夢も、恋愛も。



これ以上の幸せはないかもしれない。



「あのアプリには副作用が出る。いつまでもこんな状態が続くわけない!」



「まだそんなこと言ってるの? いい加減噂に踊らされるのはよしてよ」



あたしは呆れて、ため息を吐きだして言った。



「あれからまだまだ書き込みは増えてる!」



コトハはそう言うと、スマホをあたしの眼前にかざした。



そこに表示されていたのは、以前見た都市伝説のサイトだった。



確かにアプリに関する書き込みは増えているようだ。



仕方なくあたしはコトハが表示されているページに視線を向けた。



《このアプリで副作用が出た! 音楽を聴いた相手が狂暴化して攻撃してきた!》



《両親に音楽聞かせて言いなりにさせてたんだけど、突然暴れ出して骨折させられた》



《この音楽はマジでヤバイ。人の人格を矯正できるかわりに、副作用が出る!》



「こんなの面白がって書いてるだけだって」



あたしはコトハを安心させるようにそう言い、ほほ笑んだ。



「副作用なんて誰も出てないじゃん」



そう言い、田村へ視線を向ける。



田村はいつも通り巨漢を椅子に座らせていて、狂暴かする気配は微塵も感じられなかった。



「もしこの人たちの言ってることが本当だったらどうするの?」



コトハの顔は青ざめている。



最悪の事態でも想像しているのだろう。



でも大丈夫だ。



コトハの考えているような、最悪の事態なんて来ないんだから。



「そうやってあたしの気を引いてるんでしょう? また昔みたいに仲良くしたくて」



あたしの言葉にコトハは目を見開いた。



「だから、一緒にいようって言ってあげてるんじゃん」



あたしはそう言い、コトハの手を握りしめた。



そのまま自分の席へと連れて行こうとしたのだが……。



途中でその手は振り払われていた。



あたしはゆっくりと振り向く。



コトハが、目に涙を浮かべてあたしをにらみつけていた。



あたしは自分の手が振りほどかれたことが信じられなかった。



今はあたしがクラストップだ。



あたしが声をかければ、みんなが喜んでついてくる。



そしてコトミはクラスで最下位の子だ。



そんな子が、どうしてあたしの手を振りほどくことができるんだろう?



疑問は一瞬にして怒りに変換された。



コトハを睨み付けると、コトハは一瞬ひるんだようにたじろいだ。



「あ、あたしは本当に星羅のことを心配してるの」



弁解するように早口で言うコトハ。



でも、もう遅い。



コトハはあたしを拒絶したのだ。



それならあたしだってコトハに手を差し伸べることはやめよう。



「コトハの気持ちは十分わかったよ」



あたしは低く、唸るような声でそう言ったのだった。


☆☆☆


「すっごくいい天気だね! なんか楽しいことないかなぁ」



窓の外を見つめてそう言ったのはマチコだった。



「最近つまらないんじゃない?」



あたしは自分の席に座ったままマチコへ向かってそう言った。



「そんなことないよ! 星羅ちゃんと話てると楽しいもん!」



「今はそういうこと言わなくていいから」



冷たい声で言うと、マチコはスッと顔から表情を消した。



冷たい視線をこちらへ向ける。



「どういう意味?」



「つまらないでしょ? イジメる相手がいなくて」



あたしの誘うような声色にマチコの口角がゆっくりと上がっていく。



そしてそれは卑劣な笑顔へと変わって行った。



「でも、星羅ちゃんはそういうの嫌いでしょ?」



「別に、嫌いとかじゃないよ。むしろ、やってみたいかもね」



あたしの言葉にマチコの顔は満面の笑みになった。



やっぱり、マチコは平和な日常に暇を持てあましていたのだろう。



「ターゲットは田村?」



マチコはあたしの隣にやってきて、囁くように聞いた。



「違う。ターゲットはね……」



あたしはゆっくりと教室の中を見回す。



なにか不穏な空気を感じ取った数人のクラスメートたちが、とっさにあたしから視線を逸らした。



「コトハだよ」



あたしの言葉にマチコは驚いたように息を飲み、そしてまた笑みを浮かべたのだった……。




休憩時間中、コトハがトイレに立ったのを確認したあたしはその後をついて行った。



幸い、女子トイレの個室は1つしか閉まっていなくて、他に生徒の姿はなかった。



あたしが視線でマチコに合図を出すと、マチコは掃除道具入れからモップを2本取り出した。



その間に2人の女子生徒が閉まっている個室の前に立ちふさがる。



あたしとマチコは隣の個室へそっと忍び込むと、便座の上に立って隣の個室を見下ろした。



コトハはまだなにも気が付いていない様子だ。



「せーのっ!」



掛け声と共にあたしとマチコはモップをコトハの頭に押し当てていた。



「キャアア!」



驚いたコトハが悲鳴を上げて上を見る。



あたしはその顔面に汚れたモップを押し当てた。



「あはははは! きったねぇ!!」



マチコが楽し気な笑い声を上げるので、あたしも一緒になって笑った。



笑い声はトイレ内に反響し、幾重にもなって戻って来る。

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