第31話
香澄の顔を覗き込んで言うと、香澄は微かに唇を震わせている。
相当悔しいのだろう。
「悔しい? それなら、前みたいにあたしをイジメたらどう? 見下して、バカにして、とことん笑い者にしたらどう?」
言いながら次第に語気が強くなっていく。
和らいでいたと思っていた香澄への怒りが、ふつふつと湧き上がって来るのを感じる。
「……あたしが、買います」
香澄は小さな声で言い、あたしの持っていたワンピースを持ってレジへと向かったのだった。
☆☆☆
それからもあたしは香澄に散々お金を使わせた。
どれだけ買ったって香澄が支払ってくれるのだから痛むも痒くもない。
機嫌よく買い物を続けていた時だった。
前方から見知った顔が現れてあたしは思わず立ち止まっていた。
あたしに気が付いた相手も一旦足を止めている。
「星羅……」
悲し気な声で言ったのはコトハだ。
とっくに家に帰ったと思っていたのに、こんなところで鉢合わせするなんて。
あたしはチッと小さく舌打ちをした。
せっかく機嫌よく買い物をしていたのに、台無しにされた気分だった。
「星羅、ここでなにしてるの?」
駆け寄って来たコトハは口の端が切れて血が滲んでいた。
「あんたこそなにしてんの? 血、出てるし」
「あ……あたしはここでトイレを借りようと思っただけ」
そう言いながらハンカチを取り出して口元をぬぐう。
きっとあの2人組にやられたんだろう。
「いい加減気づきなよ。あたしと一緒にいればそんな風にはならないんだから」
あたしはため息交じりに言った。
今のコトハは見ていてとても滑稽だ。
同じクラスメートだと思われることすら、不愉快になるほどに。
「気が付かなきゃいけないのは星羅の方だよ」
コトハが強い口調で言った。
「はぁ?」
「今のコトハはまやかしの中にいるの。こんなの一瞬の出来事で、すべてが終わる時がくる!」
真っ直ぐにあたしの目を見ていうコトハに、咄嗟に視線を逸らせてしまった。
それだけでコトハに負けた気分になって奥歯を噛みしめる。
コトハはあたしを妬み、脅しているだけだ。
自分が『人格矯正メロディ』とダウンロードできなかったから、こんなことを言っているだけだ。
「現実をみた方がいいのはコトハだよ? 今のコトハ、すっごい惨め」
あたしはそう言い放ち、香澄と一緒にその場を後にしたのだった。
☆☆☆
「今日はもうお金がないよ」
散々買い物をした後、青ざめた顔の香澄がそう言って来た。
「え、もうないの?」
あたしは驚いて聞き返す。
まだ服とバッグとアクセサリーしか買っていないのに。
「ほら」
香澄に見せられた財布の中身は確かに空っぽになっていた。
「なによ、意外と持ってないんだ」
「ブランドものばかり買うからだよ」
「文句あんの? それに、現金はなくてもカードがあるんじゃないの?」
あたしは香澄の財布を奪い取って中身を確認した。
しかし、クレジットカードらしきものは入っていない。
さすがに、子供が自由に使うカードなんて持たせてもらっていなのだろう。
「ねぇ、今日はもう帰ろうよ」
香澄は周囲をキョロキョロと見回してそう言った。
そう言えばさっきから香澄の額には汗が滲んできている。
精神的に限界が近いのかもしれない。
人には大きな顔をしておいて、自分のこととなると本当に弱いみたいだ。
「仕方ないなぁ。その代わり、あしたの朝学校にカード持ってきてよ? 校門前で待ってるから」
「……わかった」
香澄は微かに頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます