第30話

コトハの頬は赤くなっていたから、きっと誰かから殴られたのだろう。



すると、2人の生徒がおずおずと手を上げた。



コトハをトイレに閉じ込めた時、手伝ってくれた子たちだ。



あたしはコトハの腹部から足をどかし、2人組へ向けて声をかけた。



「コトハのこと好きにしていいよ」



そう言うと、2人の表情がパッと輝いた。



代わりにコトハの顔色は悪くなり、あたしに助けを求めるような視線を送って来る。



あたしはそんなコトハに背を向けた。



最初にあたしの手を振りはらったのはコトハの方だ。



あたしはもう、コトハに手を差し伸べることはないだろう。



「そういうことらしいから、夏休み中楽しみに待っとけよ!」



2人の女子生徒の卑劣な笑い声がいつまでも教室に響き渡っていたのだった。



テスト返却の日は午前中で学校が終わる事になっていた。



このまま家に帰っても暇だし、海はまだバイト中だ。



暇を持てあましたあたしはいつものファミレスに香澄を呼んだ。



「今日も持ってきたから」



香澄はそう言うと、封筒を取り出してテーブルに置いた。



あたしはオレンジジュースをひと口飲んで中身を確認する。



いつも通り30万円が入っているのを見て、封筒を鞄にねじ込んだ。



「じゃあ、あたしはこれで」



そう言ってそそくさと席を立とうとする香澄をあたしは止めた。



「今日は買い物に付き合ってよ」



「え……?」



「どうせ引きこもってて暇なんでしょ?」



香澄は怯えたように視線を彷徨わせている。



今までは現金を渡すだけですぐに帰る事ができていたのに、今日は様子が違うからだろう。



「あたし暇なんだよね。付き合ってよ」



「う、うん……」



渋々と言った様子で席に座り直す香澄。



ファミレスの駐車場にはか香澄を連れてきた高級車が止まっている。



「どうせだからあの車で移動しようよ」



あたしの提案に香澄は一瞬嫌そうな表情を浮かべたけれど、あたしに逆らう事はできない。



なんせ香澄はあたしの奴隷なのだから。



「いいよ」



「じゃ、行こうか」



あたしはそう言い、ファミレスの伝票を香澄に押し付けて立ち上がったのだった。


☆☆☆


初めて乗る高級車の乗り心地は最高だった。



なんていう車種なのかわからないが、ほとんど揺れを感じなかった。



運転してくれているのは60代くらいの男性で、テレビで見るのを同じような白い手袋をはめている。



「香澄って本当にお嬢様なんだねぇ。こんな車で送り迎えしてもらうなんてさぁ」



あたしが嫌味を込めた声色で言うと、香澄はひきつった笑みを返してきた。



「そういえば香澄って今なにしてるの? やっぱりただの引きこもり?」



「今は……療養中で……。だから一人で外出も、本当はしたくない」



香澄は震える声で言って自分の体を抱きしめた。



カウンセリングでも受けているのだろうか。



「そっかー大変だね」



あたしは他人事のように返す。



外出が嫌でも、こうして甲斐甲斐しく送り迎えがついているのだからなにも問題はないはずだ。



それなのに被害者ぶった態度を取られるのがムカついた。



「ちょっとそこで止めて。このお店に入ろうよ」



あたしが誘ったのは駅前の大型デパートだった。



海がスイーツを食べに行こうと誘ってくれたお店も、この中に入っている。



香澄がどれだけ嫌がっても、あたしには抵抗できない。



あたしが車から降りると、香澄も素直についてきた。



今の時期午前中で授業が終わる学校が多いようで、店内は若い子たちで賑わっていた。



「あ、この服可愛い! ねぇ香澄、これ買ってよ!」



あたしはワンピースを手にしてそう言うと、香澄は「え」と、戸惑った表情を浮かべた。



「なに? 文句でもあるの?」



「いや……そうじゃないけど……」



そう言いながらも、香澄はまだなにか言いたそうにしている。



あたしはそんな香澄を見てニヤリと笑った。



「もしかして、さっきお金を渡したのにとか思ってる?」



そう聞くと、香澄は逃げるようにあたしから視線を逸らした。



肯定しているも同然の反応だ。



あたしは声を上げて笑い「ここに香澄がいるのに、どうして自分のお金を使わないといけないの?」と、聞いた。



「さっきもらったお金はもうあたしのもの。だけどこの買い物は香澄のおごり。わかる?」

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