第29話
「そういえば高校はそろそろ試験じゃない? 大丈夫?」
ふと思い出したように聞いてくる。
海は学校をやめてしばらく経つけれど、行事についてはちゃんと覚えているみたいだ。
「別に、海には関係ないでしょ」
冷たく言い、海を睨み付けた。
今日のデートは最初から大失敗だ。
海は困ったように視線を空中へとさまよわせた。
どんな会話をすればあたしが満足するか。
どこへ行けばあたしが喜ぶか。
海が懸命に考えている姿に内心ほくそ笑んだ。
海は今まであたしを殴ったり蹴ったりしてきたんだ。
少しくらい、あたしに翻弄されればいいんだ。
それはコトハをイジメているときと同じような感情だった。
誰かの上に立っている。
あたしの方が圧倒的に強い立場にいる。
それが優越感となって全身を駆け巡って行く。
「ほら、どこに行くのか早く考えてよ」
あたしはそう言い、海の足を蹴とばした。
ほんの軽く、ポンッと当たる程度のものだった。
海は驚いたように振り向き、そして媚びた笑みを浮かべる。
「ちょっと待ってね、ちゃんと考えるから」
「早くしてよね」
女に蹴られても文句のひとつも言えなくなった海へ向けて、あたしはそう言ったのだった。
☆☆☆
ユウカに頼んだテストの結果はすべて80点以上だった。
「ふふっ。テストなんて簡単じゃん」
そう呟いてユウカへ視線を向ける。
ユウカは戻って来た答案用紙を見て青ざめている。
ユウカの代わりにあたしが回答したから、どれだけの点数が取れているかわからなかった。
途中から眠くなって寝てしまった科目もあるから、もしかしたらほとんどが赤点だったかもしれない。
これでユウカの夏休みは補習に追われることになるだろう。
でも、そんなことあたしの知った事じゃなかった。
「星羅ちゃんテストどうだった? 今回難しかったねぇ!」
ナツコがテスト用紙を持ってこちらへ近づいてくる。
「そう?」
あたしは首をかしげ、わざと点数が見えるように自分の答案用紙を机に置いた。
「嘘、88点!? すごいじゃん星羅ちゃん!」
ナツコがビックリして声を上げている。
みんながあたしを見て、羨望の眼差しを受ける。
「こんなの簡単じゃん。もしかしてナツコ補修なの?」
「うん……」
ナツコは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「じゃあ夏休みは一緒に遊べないね」
「ナツコが遊べなくても、あたしは一緒に遊べるよ!」
すぐに声をかけてきたのはマチコだった。
マチコはどうにか赤点を免れたようだ。
でも、マチコとだって遊ぶつもりはなかった。
あたしをバカにしていた連中のために、貴重な夏休みを潰すわけにはいかない。
でも、ナツコの悔しそうな顔をみていたくて、あたしはしばらくマチコに話を合わせていた。
「ねぇ、星羅」
深刻そうな声がしたので顔を上げてみると、そこにはコトハが立っていた。
誰かに殴られたのか、頬が微かに赤くなっている。
一瞬その事に触れようかと思ったが、やめておいた。
今はもう、コトハはあたしの敵なのだ。
敵の心配をしてやるほどお人よしではない。
あたしはコトハを無視して他のクラスメートたちの談笑を始めた。
すぐに諦めて自分の席に戻るだろうと思っていたけれど、コトハはずっとそこに立っている。
「本当に自分で回答したの?」
コトハの言葉にあたしは会話を止めてしまった。
「なに言ってんのあんた」
ナツコがコトハを威嚇するように睨み付ける。
「あたしは星羅の友達だから、星羅が勉強ができるかどうかくらい知ってる」
あたしはゆっくりとコトハへ視線を向けた。
目を細め、コトハを睨み付ける。
「どういう意味? あたしがバカだって言いたいの?」
そう言って立ち上がると、コトハは一歩後退した。
ビビってるくせに、生意気な……。
「バカだなんで言ってない。ただ、どうして今回は星羅の得点が良くて、ユウカの得点が悪かったのか気になるの」
「なんであたしとユウカの点数が気になるの? わけわかんないんだけど?」
「だって星羅は……」
なにかを言いかけるコトハの頬を、あたしは思いっきり殴りつけていた。
頬を打つ音が教室中に響き渡り、コトハが横倒しに倒れ込んだ。
その拍子に机や椅子が倒れて大きな音が響く。
「なにがいいたいの?」
あたしはコトハを見下ろして聞いた。
コトハが怯えた表情であたしを見上げている。
隣ではあたしの取り巻きたちがクスクスと声を殺して笑っていた。
「あたしはただ……星羅を止めたくて……」
コトハが震える声で言った。
「あたしを止める? なにを止めるっていうの?」
「あのアプリを止めないと……!」
あたしはコトハの腹部を踏みつけた。
コトハは苦しみにあえぎ、顔をしかめてあたしを見上げる。
「なんのことかわかんない。ねぇ、コトハのこと殴ったの誰? あたし以外にも誰かいるんでしょ?」
あたしは教室内にいるクラスメートたちへ向けてそう聞いた。
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