第17話
「ねぇ、今度は香澄に使う番じゃない?」
「え?」
あたしは驚いて顔を上げた。
「あのアプリだよ」
そう言われてあたしはスマホが入っているスカートのポケットに触れた。
確かな膨らみを感じる。
「このままじゃエスカレートしていくだけだよ」
「……そうだよね」
あたしは何もしていない。
香澄が勝手にあたしに敵対心を燃やしているだけだ。
しかも、やる事が卑劣すぎる。
「今から香澄を呼んできてあげる」
「コトハが?」
コトハも、香澄にはイジられている生徒の一人だった。
その原因は、きっとあたしにある。
地味なあたしと一緒にいるから、コトハまで一緒になってイジられるのだ。
「そうだよ。もう見ていられない」
コトハはそう言うと、怒りに任せて保健室のドアを開けたのだった。
☆☆☆
それから5分後、宣言通りコトハは香澄を連れて保健室へ戻ってきていた。
コトハの言葉に耳を貸したということは、香澄もあたしがなにかバラすんじゃないかと不安になっていたのかもしれない。
「星羅ちゃん。どうかしたの?」
体操着姿のあたしを見て香澄はわざとらしく驚いた表情になった。
「あんたがやったんでしょ」
コトハが鋭い口調で言う。
すると香澄は目を見開いて「なんのこと?」と、小首を傾げた。
あくまでもシラを切りとおすつもりらしい。
あたしはトイレの中にいて相手の顔を見ていない。
いくら香澄たちの声だと言っても、『知らない』と言われてしまえばそれまでだ。
きっと、あたしの勘違いとして終わらせてしまうだろう。
そうなる前に……。
あたしはポケットの中でスマホを握りしめ、取り出した。
「なにを勘違いしているのかわからないけど、あたしはなにもしてないよ?」
香澄はあたしとコトハを交互に見て言う。
あたしは香澄の言葉に返事をせず、スマホを操作した。
「もしもあたしがなにか慕っていうなら、証拠を……」
香澄の言葉を遮るように、あたしは音楽を流していた。
その瞬間、香澄が食い入るようにあたしのスマホを見つめた。
一緒にいるコトハが嬉しそうな表情で目配せをしてきた。
同じ空間にいてもターゲットにしか効果がでないのが、このアプリのいいところだった。
ほんの10秒音楽を聴かせた後、あたしは香澄へ向けて「あんたはあたしの奴隷になる」と囁きかけた。
その瞬間、香澄の体が一瞬大きく跳ね上がった。
その反応に驚き、一歩後ずさりをして様子を確認する。
すると香澄から普段の輝きが見る見る内に失われていくのがわかったのだ。
自信で満ち溢れ、ピンと逸らされていた背が徐々に猫背になっていく。
視線は左右へ揺れて、自分がここにいる理由を探るように挙動不審に周囲を見回す。
そしてあたしとコトハに視線を向けると怯えたような表情になり後退した。
「ちょっと香澄」
あたしがそう声をかけただけで香澄はビクリと身を震わせて、両手を胸の前で合わせて逃げ腰になる。
その変貌ぶりにあたしとコトハは目を見合わせた。
途端に、香澄にやられたことが脳裏によみがえって来た。
普段から人をバカにしていた香澄。
あたしが海と付き合ったからって男2人に命令した香澄。
目の前の香澄を見ていると、それらの恐怖が苛立ちに変換されるのがわかった。
「あんた、三好君と明智君になんて言ったの?」
あたしは縮こまる香澄へ向けてそう聞いた。
香澄は大きく息を飲み、それから目に涙を浮かべた。
あの香澄がこんなに簡単に泣くとは思ってもいなかった。
「ご……ごめんなさい……」
香澄の声は聞きとれないほど小さかった。
でも、確かに謝罪したのだ。
あれだけ傲慢な香澄が、あたしに謝罪を。
そう思うと途端におかしくなってしまって、噴き出していた。
「聞いたコトハ。あの香澄があたしに謝ったよ?」
「人格が変わったからだよ。これでもう、香澄があたしたちをバカにすることはなくなった」
コトハの声も嬉しそうに跳ねている。
「香澄、あたしにしようとしたことを自分にやってきなよ」
あたしは香澄の前に立ってそう言った。
「え……」
「どうしたの? 人にはできて、自分にはできないの?」
「そ、それは……」
視線を逸らし、できるだけあたしから遠ざかろうとする香澄。
それは見ているだけでも快感だった。
あたしよりも更にウジウジしているかもしれない。
「言われた事には従わないとね?」
あたしの後ろからコトハが追い打ちをかける。
すると香澄は何顔になりながら保健室から逃げ出したのだった。
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