第15話

☆☆☆


頭から水を浴びてしまったあたしはそのまま保健室へ来ていた。



先生に外の水道で友達とふざけ合っていたら濡れてしまったと嘘をつき、タオルを借りた。



「小学生じゃないんだから」



呆れたように笑う保険の先生に、あたしはほほ笑み返した。



だけどうまく笑えているかどうかわからない。



まさか、香澄が海の事を好きだったなんて考えてもいなかった。



香澄はプライドが高く、どんなものでも手に入ると思っている。



それでも海だけは手に入らなかったのだろう。



だから今になってあたしにこんな非道なことを仕掛けて来たに違いない。



「ちょっと、顔色が悪いけどどうしたの?」



「なんだか気分が悪くて……」



あたしはそう呟き、フラフラとベッドへ向かった。



先生が先回りしてカーテンを開いてくれる。



あたしはそのまま倒れ込むようにしてベッドに入った。



香澄はきっと、このままじゃ終わらせないだろう。



これから先どんなことが待ち構えているのか……そう考えると、体の震えは止まらなくなってしまったのだった。


☆☆☆


この日は家に戻るまで気が気じゃなかった。



そこの路地から香澄が出て来るんじゃないか。



そこのコンビニには三好君と明智君が待ち伏せしているんじゃないか。



そんな不安が常に付きまとい、ほとんど走るようにして家についていた。



「はぁ……っ」



玄関に駆け込んで鍵をかけて、ようやく大きな息を吐きだした。



額から汗が流れ、肺が圧迫されるように痛む。



「なに大きな音を立ててるの」



リビングから出て来た母親にそう言われ、あたしは荒い呼吸を整えて「なんでもない」と、返事をした。



「それならもっと静かに玄関を閉めなさい」



ただ注意を受けているだけなのに、母親の声色はいつも威圧感に満ちていた。



人に反論させないような強さを持った声だ。



あたしも父親も会話をする時には似たような声を出す。



ただの注意や意見のはずが、有無も言わせぬ命令に聞こえるのだ。



「ごめんなさい」



あたしは小さな声で謝って、自室へと向かったのだった。



自分の部屋に入るとようやく心を落ち着けることができた。



床に鞄を投げ出してベッドに横になる。



今日あった出来事は誰にも言えなかった。



先生にも、コトハにも、親にも……。



スプリンクラーが作動しなければあたしはどうなっていたか……。



そう考えると喉の奥に張り付いたタバコの苦い臭いを思い出し、あたしはすぐに左右に首を振ってその臭いをかき消した。



あの2人もすぐに逃げ出したから、先生たちは生徒がタバコを吸ったことしか知らないはずだった。



「明日も同じようなことがあったらどうしよう……」



今日は偶然逃げ切ることができたけれど、明日も無事かはわからなかった。



不安と恐怖で胸が押しつぶされそうになった時、スマホが震えた。



《海:学校終わった? お疲れ様!》



その文面に緊張していた気分がゆっくりとほぐれていく。



《星羅:終わったよ、ただいま》



《海;今日の学校はどうだった?》



その質問にあたしは一瞬返事に困ってしまった。



今の海なら本当のことを相談してもいいかもしれない。



けれど、今までの海の姿も知っているので簡単に決断することができなかった。



《海:もしかして、なにか嫌なことでもあった?》



少し返信が送れただけで、すぐに心配してくれる。



そんな海を見ていると、素直に相談したいと言う気持ちになった。



あたしは今日あった出来事をゆっくりと説明していった。



《海:なにそれ。クラスメートがそんなことしたのか?》



《星羅:うん……》



《海:絶対に許さない!》



その文面を見た瞬間、容赦なく殴る蹴るの暴行を加える海の姿を思い出す。



一瞬ゾッとして寒気を感じたが、それはすぐにさざ波のように遠く離れて行った。



もしも海があの2人を攻撃してくれたら……?



そんな思いにとらわれたのだ。



けれどあたしはその考えもすぐにかき消した。



いくら海でも、男2人が相手じゃかなわないかもしれない。



《星羅:なにもされていないから大丈夫だよ》



あたしはそうメッセージを送ったのだった。



いざとなればあの2人にも『人格矯正メロディ』を聞かせればいい。



そう、思って……。



翌日、学校へ行こうと玄関を出るとそこに海が立っていた。



「海、どうしたの?」



あたしは驚いてそう聞いた。



「昨日のこと、気になって」



海は心配そうな表情をこちらへ向けている。



「そっか。わざわざ来てくれたの?」



「もちろん。だって俺は星羅の彼氏だよ?」



「そうだけど……」



海がこんな朝早くから家を出てくるなんて思っていなかった。



完全な引きこもりというワケじゃないけれど、あたしのために動くことがあるなんて考えてもいなかった。



海があたしのためにしてくれることと言ったら、殴りつけて言いなりにするために追いかえることくらいだったから……。



でも、目の前にいる海は違う。



もう、そんな残酷な海はどこにもいない。


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