第7話

☆☆☆


「田村って、絶対に星羅のことが好きだよね」



ひと気のない廊下へ移動するとコトハが笑いながら言った。



「やめてよそういうの」



あたしは身震いをして言い返す。



コトハ相手なら言いたいことも言えるのに……。



「それより、昨日教えてくれたアプリのこと、説明してよ」



あたしはそう言い、自分のスマホを取り出して画面上のアイコンを指さした。



「ちゃんとダウンロードしたんだね」



「うん。でもこれなんの説明も書かれてなくて使い方もわからないんだけど」



「使い方はあたしが説明した通りだよ。人格を変えたい相手にこのアプリから流れる音楽を聴かせるの。その後に相手になってほしい性格を伝える。ただそれだけなんだよ」



「でも、アプリを開いたって曲なんて流れないよ?」



首を傾げてそう聞くと、コトハはさも当然だと言う様子で頷いた。



「だって、まだ曲を聴かせたい相手が定まってないでしょ?」



そう聞かれて、あたしは目を丸くした。



たしかにこのアプリをダウンロードしてみたものの、誰に使うか考えてはいなかった。



まぁ、一番は海だけれど……。



「まずはものは試だよ。本当にそのアプリが効果的なのかどうか、やってみないと」



「やってみるって言われても……」



自分のせいで他人の人格が変わるなんて、考えただけでも恐ろしかった。



それをお試しでやってみるなんて躊躇してしまう。



「たとえば、ほら」



コトハが指さした先を見てみると、教室から田村が出て来たところだった。



田村が歩くだけで他の生徒たちがあからさまに距離を置いている。



「田村に使うの?」



「そうだよ。田村は絶対に星羅のことが好きだもん。だからそのアプリで曲を聞かせて、星羅に興味がなくなるように仕向けるんだよ」



コトハの言葉にあたしは目を見開いた。



田村があたしに無関心になるのなら、これほど嬉しいことはないだろう。



でも、本当にそんなに上手く行くだろうか?



だいたい、このアプリはどんな曲が流れるんだろう?



次々と疑問が浮かんで来て硬直してしまうあたしを尻目に、コトハは1人で田村に声をかけにいってしまった。



「ちょっとコトハ!」



慌てて引き止めようとしても、もう遅い。



田村はコトハに声をかけられ、なにか2、3言葉を交わした瞬間頬を赤らめて嬉しそうな表情になった。



そして田村はその表情のままこちらへ向かってくるのだ。



田村の巨漢が廊下を走るだけで周囲から笑いが聞こえて来る。



ちょっと、やめてよ……!!



心の中で必死にこっちにくるなと唱えてみても、田村に通じることもなくすぐにあたしの目の前に到着していた。



脂ぎった額を手の甲でぬぐい、あたしに向けて「話ってなに?」と、聞いてくる。



精いっぱいかっこつけるためか、必死で笑みを消しているのがわかった。



なにを勘違いしているのか……あたしはため息が出そうになった。



でも、ここまで来たらもう引き返せない。



あたしはスマホを操作して『人格強制メロディ』を立ちあげた。



しかし、相変わらず曲は流れないしタップする箇所も出てこない。



どうすればいいんだろう。



このままずっと田村と向かい合っていたら、それこそ変な噂が立ってしまうかもしれない。



目の前の田村は期待の眼差しをあたしへ向けて、体を右へ左へとくねらせている。



そういう無駄に気持悪い動きも嫌われる要因になっているのに、田村自身はどうして気が付かないんだろう。



そして一向に動かないアプリに観念して「ごめん、別に用事とかなくて……」と、言い掛けたときだった。



不意にスマホから音楽が流れ始めたのだ。



あたしはなにも触っていないし、画面も変化していない。



なのに、穏やかなクラシックのような音楽がゆったりと流れ始めたのだ。



あたしは目を見開いてスマホを見つめた。



これが相手の人格を強制できる音楽……?



とてもそんな風には聞こえない。



とても心地よくて、聞いていると眠くなってしまうようなメロディだ。



こんなの効果があるわけない……。



そう思って顔を上げる。



すると田村がジッとあたしのスマホを見つめているのがわかった。



その目はどこかうつろで、視線はスマホへ向かっているのに、なにも映していないように見えた。



明らかにさっきまでの田村とは様子が違った。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで様子を伺う。



音楽の再生時間はたった10秒ほどのものだった。



やがてスマホから音楽が消えて、同時にアプリも勝手に閉じてしまった。



音楽は終わった。



しかし、田村はまだジッとあたしの手元を見つめているばかりだ。



さっきまでの気持ち悪い体の揺れも、今は完全に止まっている。

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