第5話
囁きの声はどんどん大きくなってきて、今では脳内に響き渡るように聞こえて来る。
「ダウンロード……するだけなら……」
あたしは自分に言い訳をするように呟いてURLをタップした。
途端に画面が暗転する。
ハッと息を飲むと、次に画面上に赤い文字が浮かんできていた。
『人格強制メロディ ダウンロード専用ページ』
そう書かれた文字は上下左右に揺れていてジッと見ていると酔ってきてしまいそうだった。
あたしは画面をスクロールして確認する。
アプリの詳細が書かれているかと思ったが、そこに書かれていたのは『ダウンロード』と書かれている赤い文字だけだった。
これをダウンロードすると人の人格を変えることができる……?
そんなのあり得ない。
絶対にあり得ない。
信じているワケじゃない。
ちょっとした好奇心だ。
それなのに……心のどこかでこれが本物であることを期待している自分がいた。
「海の人格が変わってくれれば……」
あたしはそう呟いて、震える人差し指をスマホ画面へと近づけていく。
こんなわけのわからないサイトでアプリをダウンロードするべきじゃない。
ダウンロードした瞬間スマホを乗っ取られるかもしれない。
そんな不安が過ったのはほんの一瞬。
次の瞬間にはあたしはダウンロードボタンを押して、画面上にはダウンロード中という真っ赤な文字が浮かび上がってきていたのだった……。
翌日、目を覚ましたあたしはベッドの上でスマホを確認していた。
昨日思わずダウンロードしてしまったアプリ。
『人格強制メロディ』のアイコンがトップ画面に配置されている。
黒い背景に中央には真っ赤なハートが描かれたアイコンは、パッと見なんだかわからない。
アイコンをタップしてみても画面は真っ黒になるだけで、起動しないのだ。
「やっぱり変なところでダウンロードしたからかなぁ」
そう呟いて盛大にため息を吐きだした。
昨日のあたしはどうにかしていたのだ。
海に殴られてちょっとパニックになってしまった。
そんなときにコトハからアプリのURLが送られてきたんだから、仕方のないことだった。
あの時あたしは藁にもすがる思いだったのだから。
「とにかく、今日学校に行ったらコトハにこのアプリについて聞いてみなきゃ」
あたしは気を取り直すようにそう呟き、ベッドを下りたのだった。
☆☆☆
あたしの通う村田高校は丘の上にある学校だった。
自転車通学の子も丘の下にある駐輪場に自転車を置き、みんな一様に坂を歩いて登っていく。
同じ制服姿の生徒たちに混ざって坂を上がっていると、突然後ろから誰かがぶつかって来た。
「あ、ごめん。前見てなくて」
その声に振り向くと片手にスマホを持った浅水香澄(アサミズ カズミ)がニヤついた笑みを浮かべていた。
香澄はあたしと同じ2年A組の生徒だがその存在はみんなから一目置かれていた。
香澄の父親はこの辺りでは有名な玩具会社の社長で、若くして才能を発揮した天才だと言われているのだ。
その一人娘である香澄は思う存分甘やかされて育っているようで、学校内でもその態度は女王様そのものだった。
「ちょっと、あんたがそんなところに突っ立ってるからカ香澄ちゃんがぶつかったんでしょ! 謝りなよ!」
さっそく香澄の取り巻きたちがあたしを取り囲む。
クルクルパーマのマチコとショートカットのナツコだ。
行き帰りは側近のこの2人が香澄を取り囲んで歩いているが、学校に到着すればクラスメートの大半が香澄のとりまきになっていた。
なんせ香澄はお金を持っている。
仲良くしておいて損はないのだ。
「ご、ごめんなさい……」
あたしは理不尽な文句にも言い返す事ができず、素直に道を譲った。
「ふふっ。ありがとうね星羅ちゃん」
香澄はそう言って目を細める。
その表情はあからさまに人をバカにしているものだった。
胸に苛立ちが込み上げてくるが、それを口に出す事もできず、あたしはただ香澄たちが通り過ぎていくをの見ていることしかできなかったのだった。
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