第59話 慈悲
『サイラス……判断はあなたにお任せします……存分に暴れてください』
レインフォルトの言葉に、フレッシュゴーレムは悍ましい声で吼えた。
現れた異形の巨躯が私達とアンナを完全に分断している。
「……なんの真似かな?」
声をかけられ私はヴァロワレアンレアンと向き直る。
ヴァロワレアンは薄く笑みを浮かべて私を見ている。
私は彼を睨みつけた。
『……さて、クレア……あなたは彼をどうするつもりか……聞かせていただきましょう」
レインフォルトの問いかけに私は目を細めて姿勢を正しゆっくりと呼吸をして息づかいと心を整える。
(この男をこのままにしておけば、また犠牲者が出る……この場でその根を……絶つ!)
私は目を見開き剣を構えた。
『なるほど……結んだ契約もありますし、私の蒔いた種でもある……協力いたしましょう』
ヴァロワレアンは含み笑いを漏らし
「……なるほど……君と戦いたくはないが、仕方ないね……」
ヴァロワレアンは腕を交差させて腰の十字架を掴み、引き抜く。
現れたのは一対の刃……のように見えたが、そうではなかった。
形状は大振りの短剣だが、二本ともT字状の柄から巨大な針が伸びている。
「スティレット……?」
私は知識の中からそれに近い形状の武器の名前を口にした。
「間違いじゃないけど、慈悲 (ミセリコルデ)と呼んでほしいね……優しい名前だろう?」
全く似つかわしくない言葉を口にしてヴァロワレアンは微笑み、特異な構えを取る。
スティレットは基本的に実戦用の武器ではなく、致命傷を受けた騎士の苦しみを長引かせないために鎧の隙間から突き刺し止めを刺す為のものだ。
さらに地域によって呼び名が違うのもまた特徴と言える……つまりスティレットもミセリコルデもこの形状の武器の名として間違ってはいない。
私も一応持ってはいたが、使った試しは無論ない。
私の持つような普通のものよりもすこし大仰で頑強そうには見えるが、実戦的とは凡そ言えない武器……
片手剣をメインに補助や防御の役割として短剣を持つ二刀流のスタイルは確かにあるものの、実用性のないものを両手に一本ずつ持つというのは常識では考えられないスタイルだ。
さらに言うと、向こうから攻めてくる気配が一切ない。
ヴァロワレアンの構えは防御よりに見え、重心は後ろにかかったまま……
完全に待ちの姿勢だ。
「……僕のこのスタイルが解せないかい?」
ヴァロワレアンは私の心を見透かしたかのような言葉をかけてくる。
「ふふ……僕も聖職者の端くれでね……大っぴらに刃物を持つわけにも、攻めていくわけにもいかないからね……これで戦意が削げたのなら、こんな無益な争いはいますぐやめてほしいところだけど……」
私は無言で心を立て直す。
あまりに異様な相手の武器に虚を突かれてしまったが、相手の構えから感じる隙の無さは本物だ。
完全な防御の構えで、そう簡単には切り崩せそうにもない。
そして、この男が"それだけ"とはどうしても思えなかった。
先程語ったこととは何か別の狙いがあってこのスタイルをしている……そう感じるに充分な雰囲気がこのヴァロワレアンという男にはある……
私は警戒しながらも突きを繰り出す。
久々にする動きだが、身体は覚えてくれていた。
力強く地面を蹴る脚、腰を鋭く回しながら左肩を引くと前面に押し出される右肩、その動きに伴い真っ直ぐに剣が動くよう鋭く右腕を伸ばす。
ヴァロワレアンが突き出された剣をスティレットで受け、もう一本のスティレットを剣身を挟み込むように当てがう
そこで背筋にゾクリと悪寒が走り、私は素早く剣を引き地を蹴りヴァロワレアンと距離を取る。
「……惜しい……」
ヴァロワレアンは呟き口の端を上げた。
『なるほど……ここまであからさまな武器狙いも珍しい……そして厄介ですね』
レインフォルトが脳内で呟く。
そう、先程ヴァロワレアンレアンが狙ってきたのは武器破壊……
先程も少しでも剣を引くのが遅れれば私の持つ剣は破壊されていた。
あの頑強な構造かつ長さを犠牲にして重さを抑えた武器、そして防御一辺倒の構えは徹底的なカウンターでの武器破壊狙いのためだったのだ。
そして技の練度も高く、初見の私の突きに対し見事な反応を見せた。
また防御の構えを見せるヴァロワレアンに私はどう対処するか思案しながら剣をかまえると、フレッシュゴーレムの向こう側から激しい剣戟の音が鳴り始めた。
屍術医師レインフォルト 御蛇村 喬 @t_mitamura
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