第47話 手練
手に提げた反り身の刀身がギラついた光を反射している。
何かしら特殊な剣らしく、刃毀れもなく血を弾いているように見えた。
「あいつ、まだ生きて……!?」
私は言葉と共に御者を睨みつける。
鎧を着込んだ帝国兵を正面から鮮やかに斬り伏せ
降り注ぐ矢の雨の中を無傷で切り抜け
私が構えた大楯が弾き飛ばされそうになる程の威力の剣撃を繰り出し
何よりあのフレッシュゴーレムとかいう化け物と相対しても目の前にこの男は立って見せた。
尋常な使い手ではないことは明らかだ。
今現在ヴァロワレアンの部下は10名ほどいるようだった。
私とヴァロワレアンを囲む御者に近い3人が剣を構え、それ以外は持っている剣を石畳の隙間に差し込んで素早く背負った弓を手に取り構えると同時に御者に矢を放つ。
恐ろしい練度の早撃ちだ。
御者は顔を上げて石畳を蹴り、凄まじい速度かつ最小限の動きで駆け抜けるようにして矢を避けて距離をあっという間に詰めてくる。
前衛の剣を持った3人が一斉に駆け出し、御者に襲いかかる。
御者は更に加速し、鋭く跳ね上がった剣の鋒がその軌跡を血の紅で彩り、吹き出した血の飛沫と共に最初の犠牲となった者の仮面が弾き飛ばされた。
仰向けに倒れていく男の露わになった顔は、黒い異国人の肌色をしていた。
それに目を奪われている間にも、振るわれた剣を御者は素早い身の熟しで紙一重で躱わし、返す刀で次の犠牲者を生み出す。
背後から足元を狙って繰り出された剣を跳び上がって躱し、空中で体を捻るように剣を繰り出すと、3人の最後の1人も首筋から血を吹いて倒れ伏した。
『ほう……これはサイラスが遅れを取ったのも納得……と言ったところでしょうか』
レインフォルトが呑気に感銘の声を上げる。
私も剣を嗜んでいるからわかるが、3人の腕が悪かったわけではない……
むしろかなりの手練だったことが見て取れた。
御者があまりにもおかしいのだ。
先程の動きは人間の反射神経や速力、膂力の限界を超えていた。
足場が定まらない空中で剣を腕の力だけで振っても普通は相手に致命傷を与えることなどできないが、恐るべき鋭さと精度と膂力を持って先程の動きは成された。
結果は見ての通りだ。
弓を捨て剣に持ち替えたヴァロワレアンの部下達が御者に切り掛かっていく。
直後、私の手を突然握ってヴァロワレアンが
走り始める。
幾重もの剣戟の音を背に目指すのは中央の教会。
「御主人様!」
後方から女性の声が上がる。
ヴァロワレアンは振り返る素振りを見せない。
私が肩越しに振り返ると、先ず私と同じように肩越しに後方を見ている2人のヴァロワレアンの部下の姿が目に入る。
そして、その向こうにこちらに凄まじい勢いで駆けてくる御者。
さらにその背後で血溜まりに倒れ伏しているヴァロワレアンの部下達が目に入ってきた。
『走り続けなさい……もう直でしょうからね……』
頭の中でレインフォルトの声が響く。
その声にはどこか憐れみの色が滲んでいた。
その間にも御者は私達との距離を急速に詰めてくる。
後ろの2人が迎え撃とうと立ち止まったその時、こちらに追いつく少し手前で御者は突然力尽きたかのように倒れた。
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