第20話 通信

 アーネストは大聖堂内の自室に帰り、見慣れた調度に隠している宝珠を取り出す。


 いつも座る椅子に腰掛け、机の上に宝珠を置き両手を翳し呪文を唱える。


 すると、宝珠を中心に青白い光で描かれた幾何学的な模様と無数の文字が浮かび、宝珠にどこかの室内が映し出される。


「兄さん、いるかい?」


 アーネストの呼び掛けに一人のクレアやアーネストと同じような金髪碧眼の気難しそうな眼鏡をかけた男が宝珠の中に姿を現す。


『やれやれ……定期報告と言うには期間が空いたな、アーネスト』


 少し籠った声音が宝珠から響く。


「ごめんよ、ランドルフ兄さん……こちらもいろいろと忙しいし、この術具も通信機能に防音、迷彩と機能盛りだくさんで、使うのに結構集中力が要ってね」


 ランドルフは宝珠越しにため息をつき


『私には術の才が無いからな……それを言われると強くも出れんな……』


「そのかわり、商才が兄さんにはあったじゃないか……僕らが今も裕福に暮らせてるのはランドルフ兄さんのおかげさ」


 アーネストの言葉にランドルフは苦笑を浮かべ


『おべっかを言うために連絡を寄越したわけではあるまい?』


「今日、クレアに会ったよ」


 ランドルフの言葉ににアーネストは不意に話題を変える


『そうか……どうだった?』


「少しはマシになったかもだけど、根は変わってないね……まぁ人はそう簡単には変わらないさ……良くも悪くも……ね」


 アーネストの言葉にランドルフは瞑目し


『違いないな……だが、変わってもらわなければ困る……』


 ランドルフは息を吐く。


「兄さん、なんでクレアをこっちに寄越したんだい?」


 アーネストの問いにランドルフは眉間の皺を深める。


「正直、いくら腕っ節が強いとはいえ、あの聖騎士団に女性を放り込むというのは狂気の沙汰だよ、控えめにみても……ね、聡明な兄さんのことだから、考えあってのことだろう?」


 そう言葉を続けたアーネストにランドルフはまた溜め息を吐き


『……本来ならブランフォード家の真の当主はクレアだ……表向きは私が当主を務めていても、我が家の秘法"先視"を覚えられるのはクレア以外考えられん、血脈を絶やさぬため婿を取り、当主らしく責を負い振る舞って我が家を率いてもらわねば困る……』


ランドルフは目を開けて眼鏡の位置を中指で直し


『剣を振り回したり馬に乗り戯れるように奔放であってもらっては困るのだ……それ故の苦肉の策だ』


 なるほど、とアーネストは相槌を打つ


『……今も続いてはいるが、先の異端者狩りは酷いものだった……何人の罪の無い者達が命を落とし、いくつの有用な技術、優れた文化が失われたことか見当もつかない……』


 ランドルフは痛ましい表情でまた瞑目し言葉を続ける。


『故にクレアを公式に当主するわけにもいかないのが辛いところだ……さらに敬虔な聖アリエラ教徒で正義傾れの性格だ……自分が魔女の血筋でかつ魔女の才能がある……などと知らせれば今のクレアの在り方では精神に大きな打撃を与えかねん……諦めるべきを諦め、精神的に成長してもらわねばならないのだ……そのためには挫折が必要だ……クレアには男と張り合うようなところがあったからな、最も厳しい男社会に行ってもらうことにした……酷な話だとは私も思うがな……』


 ランドルフの言葉にアーネストは深く息を吐き


「……最近は術の有用性も認められてきたから、気兼ねなく術を使えるわけだけど、異端者狩り最盛期だった頃は幼いながらも窮屈な思いをしたよ……未だ異端者や術師への風当たりは強いしね」


 アーネストはおどけて見せるが、その笑みには苦渋の色が見て取れる。


『だからこそ、母上もお婆様もその前の代も素性を隠し、国と家のためだけに力を使い、公に力を秘してきた……これも"先視"の力の賜物だ……』


ランドルフは言葉尻と目を細め


『……そして父上と母上が事故で亡くなり、さらに本来は代理とはいえ当主たるべきアルバート兄上まであのようなことになり、"先視の巫女"の不在が長らく続き、家銘にも傷がついた……これは我がブランフォード侯爵家は勿論のこと国にとっても由々しき事態だ』


 アーネストは少し考え。


「なるほど……つまり、早くクレアに慎みを持った立派なレディーになってもらいたいわけだ?」


『そういうことだな……エリスが不在なのも不便だ、一年しない内に呼び戻すつもりだが、その間はクレアについてはお前が頼りだ……我が家の当主を頼んだぞ』


「わかりましたよ……では、今日は遅いですしこれで……兄上もあまり思い詰めないようにね」


『ああ……お前にも苦労をかけるが、頼んだぞ』


 アーネストはランドルフの返事を聞いて通信を切り


「……厄介なことになりそうだ……」


 そう呟いた。

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