第38話 乱戦

 私が荷台の下から出る覚悟を決めた時、鎖が千切れたらしい音が連続して響く。


 結果を予期して咄嗟に防御体勢を取る私の上に鎖が容赦なく降り注いだ。


 鎖はかなり重厚な造りをしていたため完全武装していなかったら身体の至るところを打撲して動けなくなっていただろう。


 降りかかった重い鎖を払い除けながらとりあえず身体を動かすことに支障が無いことを確認する。


 外では動く死者と化した者達が謎の一団と戦闘を繰り広げていた。


 しかし、数の上でも動きでも謎の一団の戦力が圧倒している。


 動く死者達もこれでは時間稼ぎにしかならないだろう。


『もう一度貴方の力をお借りしますよ…………返事を!!』


「は……はいっ!」


 強くかけられた語尾に対して私は反射的に返事をしてしまう。


 次の瞬間、爆発が起きたかのような音が頭上で響き、その形を大きく歪めた鉄板……柩の蓋が落下して来て地面に突き立った。


 そんな中、私の耳に風切り音が届き、また辺りに矢の雨が降り注いだ。

 

 私は再び蹲ってそれが通りすぎるのを待つが、今回の矢の雨は比較的短かった。


 荷台の下から伏せて見る視界は流された血と死体で埋め尽くされている。


 危機に次ぐ危機に思考が混沌に飲まれそうになる。


『クッ……これは……しくじりましたね……』


 しかし、頭の中に響く苦鳴混じりの言葉と、突然周囲に立ち込める薬品の臭いに私はただならぬものを察知し荷台の下から馬車の後方へと這い出す。


 荷台から這い出すと同時に私は自身の危機を感じて、しゃがんだ状態のまま盾を構えた。


 盾越しに凄まじい衝撃が私を襲い、視界に星が散る。


 どうにか冷静さを保って見上げる私の目に剣を振り下ろした体勢の包帯を顔に巻いた男……御者の姿が映る。


 帽子はもう被っていない。


 全身に血を浴びているようだが、あれだけの矢の雨と動く死者との戦いを経たにも関わらず彼自身は無傷のようだった。


 さらに先程の一撃の威力は人間の力によるものとは思えない程に強烈だった。


 首筋に打っていた何かしらの薬物の影響だと思われるが、彼は人間離れした戦闘能力を有しているようだ。


 さらに言うと、その背後から何らかの集団の足音が聞こえてきている。


 唐突に御者が素早く飛び退くと同時に巨大な何かが御者の立っていた場所に突き立つ。


 地が揺れたかのような衝撃が私の身体を走り、細かな石の破片が盾を叩く。


「俺ヲ無視シテソイツノ相手トハ、余裕ダナァ、オイ!!」


 私の頭上から辿々しい声が響き渡った。

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