第43話 焦燥

 とりあえず、逸る気持ちを抑えて今は様子を見る他ない。


 ヴァロワレアンは内心で焦りを噛み殺した。


 平地が広がり木々も少ない教区内での尾行は非常に困難だ。


 ヴァロワレアンは自分の私兵の伏兵術等の練度に自信はあったが、それでも対象との距離を長く取らざるを得なかった。


 故にこういった緊急時にはどうしても反応が遅れる。


 この場合は敵の弓矢での攻撃に巻き込まれる可能性を考えれば距離をとっておいてよかったのかもしれないが。


 幸い聖騎士団の護衛対象である"箱"は金属製で、異端者に作らせた遠眼鏡越しに見て丈夫なことが窺えた。


 弓矢程度では掠り傷も付かないだろう。


 その辺りは頭が回ったらしい。


 やがて矢の雨が止む。


 何やら荷馬車の周りで動く影があるが、ここからではよく見えない。


 炎と思われる揺めきも消えていた。


 (あの矢の雨の中生き残っていたのか……?)


 ヴァロワレアンは遠眼鏡越しに覗き見てすぐにその考えを打ち消す


 帝国兵と聖騎士の鎧を着た彼らは生気を感じない動きで単純に箱を攻撃しているように見える。


 恐らく戒めを解くための行動だ。


「……これが"屍操術"か……なるほど、"あの人"らしいやり方だ……」


 仮面の下でヴァロワレアンは囁きほくそ笑む。


 あの箱の中身は自分の思っているものでほぼ間違いない。


 やがて、先程まで矢を射ていたであろう男達が建物から姿を現し武器を片手に馬車へと距離を詰めていく。


 ヴァロワレアンは巧みに魔力を操り緑の点滅信号を送りゆっくりと前進する。


 前方の馬車は謎の集団に包囲されようとしている。


 ヴァロワレアンは馬車が弓の射程に入ったと思った瞬間に赤の信号を送った。


 一斉に私兵達が素早く背負った弓を構え矢を番え、放つ。


 放たれた矢が幾つもの放物線を描き馬車の周囲に襲いかかる。


 その時、また炎らしき揺めきが再び現れる。


 ヴァロワレアンは素早く取り出した遠眼鏡を目に当てて荷馬車の周囲を見る。


 空に巨大な虚が穿たれる。


 そこから"化け物"が出現すると同時にその剛腕を振るって鉄製箱の蓋を弾き飛ばした。


 その間にも私兵達は洗練された動きで矢を立て続けに放った。


 蒼穹に夥しい幾重もの弧が描かれる。


 ヴァロワレアンは慌てて青の合図を送り、部下達の攻撃を制止するも、放たれている矢までは止められない。


(このままでは積荷が……あの方が!!)


 ヴァロワレアンは慌てる一歩手前で自分をどうにか抑え込み、思考を切り替え遠眼鏡越しに状況を見る。


 自分達が放った矢が降り注いだ後の状況を見ると馬車の周囲で動いている人影はかなり減っていた。


 荷台を跨いで佇む化け物は矢を受けたことなど全く意に介していないようだった。


 そして積荷の中が無事では済んでいないことが見て取れた。


 開かれた鉄製の箱から起き上がったローブを着ている男がその身に矢を受けて荷台から落ちたのが見えた。


「ッ‼︎ローブの男を確保しろ!それ以外は死んで構わん!」


 ヴァロワレアンは即時に判断して叫び突撃の合図と共に駆け出す。


 時は一刻を争う。


(叔父とのあの再会から13年……貴方のことを調べて待ちに待った……必ず貴方を手に入れるよ……レインフォルト=アーデルハイム!!)


 ヴァロワレアンは全力で地を蹴り駆けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る