第44話 手術

『こちらで失礼しますよ……声を出しづらくなってきましたのでね……私はレインフォルト=アーデルハイムと申します……』


 頭の中に響いたその名はヴァロワレアン卿から告げられたこのトラードの街を廃墟にした張本人の名だった。


「…………やはり、あなたが……そうなのね……」


 私は呼吸を整えて呟く。


 これで、教会が異端者と繋がっていることが確定してしまった。


『おや、私をご存知でしたか……ならば話が早い……この身体はこのままではもう息絶える……そこで、あなたの身体を拝借したいのです』


「身体を……?」


『説明している時間はありませんが、貴女の中に私が同居するイメージです、無論貴女に負担は負わせませんし、力もお貸ししましょう……了承の意思表示として貴女の名を教えてください、それで契約は成ります』


「……………………」


 私は黙り込む。


 こんな得体の知れない存在と身体を共有するというのは流石に抵抗があった。


 しかし、そういったことがこの男に可能なのは先程のこともあって自然に理解できた。


『……わかりました、抵抗があるのも頷けますからね……私には医術の心得があります……』


 レインフォルトは一度言葉を切る。


 その顔色は蒼白を通り過ぎて土気色だ。


『……契約を結んでいただけるならば……この貴女の兄上の身体に生き残れる可能性を残す処置を施しましょう……いかがです?……了承いただけるならば貴女の名を!』


「……クレア……クレア=ブランフォード」


 兄を人質に取られているようで納得いかないが、強く迫られ時間がないこともあって私は仕方なく名乗る。


『契約は成りました』


 私の頭の中自体から発せられた言葉に私は驚く。


『さて、彼を助けるので身体の主導権を一時的に委譲していただきます、よろしいですね?」


 私は混乱しつつも頷くと、私の身体の自由が利かなくなる。


「やれやれ……こんなことをしている暇はないのですがね……内臓が傷ついているのが厄介ですね……」


 私の口が勝手に言葉を紡ぎ、兄のローブの中から皮袋を取り出して開くと、中から小さな刃物や大小様々な無数の針と糸とそして小瓶を取り出す。


 迷いなく兄の着ているローブを切り裂き、晒された腹部に刺さっている矢の周辺を見る。


 革製の瓶の大きめの蓋を取るとアルコールらしき臭いが微かに鼻をついた。


 身体の自由は利かないが、感覚は共有しているようだ。


 布に瓶の中の液体を染み込ませてそれで傷口の周辺を拭く。


 そして、先程取り出した針と刃物を瓶の中の液体に全て浸してから細い針を矢の周辺に刺していく。


 それと共に宙に文字が浮かび上がる


『何をしてるの?』


 私の思考が自分の中で反響する。


「麻酔と兼ねて部分的に血流を阻害する経絡に針を刺しています……魔術的に意識を混濁させ痛みを和らげる処置を同時に施しながらね……これで手術中の痛みと出血を予め抑えるのですよ……麻酔薬の投与を予めしてから行うのが理想ですが、今回はリスクはありますが術を強めにかけて対処しましょう……」


 喋りながら鮮やかな手際で処置を終えて私の身体は次の作業に取り掛かる。


 今度は小瓶に浸されている刃物で迷いなく矢の周りの肉を切開する。


 ほとんど出血はなかった。


 大切な血管の位置を確認し、慎重かつ大胆に矢を引き抜き、血管についている傷の両側にクリップらしきものを挟んでから釣り針のような針と見たこともない素材の糸で血管を見事に縫い合わせ、さらに傷ついた内臓の縫合を済ませる。


 途中体内に滲み出た血は不思議なことに全て導かれるように傷口から排出されていた。


体内の道具を回収し、数えて確認してから切開した皮膚を縫合し始める。


「やはり大した魔術の才だ、これだけのことが苦も無くできるキャパシティは素晴らしい……"道"が拓いていないから扱いが難しいのが玉に瑕ですが」


 そんなことを言っているうちに縫い上げて傷口を拭き片付けまで済ませてしまう。


 あっという間の出来事だった。


「さて、他の矢は緊急性はありません、これで一先ず命の危機は……」


 私の口が紡いだ言葉は突然耳に入り込んできた音に途切れる。


 視線を巡らせると、そこには拍手をする仮面をつけた怪しげな人影が佇んでいた。


 仮面も服も茶色尽くめ、腰に二本の十字架のようなものを提げているが、剣にしては短い。


 異様な存在だ。


「……お見事です……素晴らしい技術だ……貴方がレインフォルト=アーデルハイムですね?」


 拍手が止み、聞き覚えのある高く涼やかな声が仮面の下から奏でられた。

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