第55話 襲来
「ご主人様!敵襲です、お逃げくださいっ!!」
扉を開け放ち、アンナが鋭く告げた。
ずっとただ控えていた従者達が慌ただしくヴァロワレアンと私の周囲を固める。
素早くヴァロワレアンの傍に駆け寄ったアンナとマリーが十字架が2本ついたベルトを立ち上がったヴァロワレアンの腰に巻き、彼女達もそれぞれにどこからか持ってきた武器を構えて臨戦体勢を取る。
アンナとマリーの持つ武器は異彩を放っていた。
アンナは両手に1本ずつハルパーという奇妙な鎌のような武器。
マリーは剣先に近づく程に幅が広くなり、鋒が大きな半円状となった両手剣……処刑人の剣 (エクスキューショナーズソード)と呼ばれる、その名の通り処刑執行時に首を斬り落とすために使われる剛剣を構えている。
その間にも私は部屋の奥へと移動をさせられる。
緊急時にも関わらず慌てる者はおらず、皆動きが素早く手慣れている……訓練で身につくものではなく、実戦の中で体得したであろう洗練された動き……
それはヴァロワレアン公爵家当主たるアルフレッド=レミアル=ヴァロワレアンがこれまでにどれだけ命を狙われて来たのかを物語っていた。
そして、暗殺者の手によって彼が幼い頃に性別を失ったと語ったことを私に思い起こさせた。
ヴァロワレアンが背後の壁の模様に隠された穴に鍵を挿して回し押すと、隠し通路が現れる。
その時、食堂の入り口の扉の一つを砕いて人影が転がり込んで来た。
私は人影に視線をやる、格好からしてヴァロワレアンの私兵だろう、彼は血塗れで倒れ痙攣している。
砕けたドアから人影が今度はゆっくりと姿を表す。
目深に被った唾の広い帽子、その下から覗くのは顔を覆うよう巻かれた包帯、手に提げた独特な反り刃の剣……そして漏れ出ている殺気は確かに覚えがあった。
御者だ…………
生きていたのか。
『……身体の主導権をお返ししますよ……私は術に集中します……どうにか生き残ってください』
頭の中でレインフォルトの声が響き、私は
身体の自由を取り戻す。
ヴァロワレアンの従者が数人がかりで御者へと襲いかかるが、数人があっという間に反り討ちにあってしまう。
相変わらず凄まじいまでの剣技だ。
御者は無言でこちらへと歩を進めてくる。
ヴァロワレアンと共に私も隠し通路へと押し込まれ、アンナとマリーが殿を務めるようでついてくるのと共に隠し通路の扉は閉ざされ、辺りが静寂と闇に包まれる。
少ししてヴァロワレアンの灯した術の光が闇を照らし出す。
そして私は迷いなくドレスの動きを妨げる部分を引き裂く。
羞恥心もあったが、いざという時に動きが妨げられるような事態は避けたい。
「……いい判断だ……流石は"喧嘩令嬢"などと言われるだけはあるね」
ヴァロワレアンは出来れば聞きたくなかった私の異名を口にして壁に掛けてある鞘に収まった剣を取り私に放る。
反射的に私はそれを受け取る
「"天は自ら助くる者を助く"……僕が信じる数少ないアリエラの教えの内の一つさ」
ヴァロワレアンの言葉を受けて私は無言で剣を抜き放ち鞘を棄てる。
ヴァロワレアンは微笑み、私に背を向けて歩き始める。
私も闇に包まれた隠し通路の奥へと踏み出した。
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