第10話 ヴァロワレアン卿

「その様子だと楽しんでくれてるようだね」


 そう口にして微笑んだのはあの男装の麗人だった。

 

「特にお嬢さんは不機嫌そうだったからね、そういう表情が見れて嬉しいよ、やはり紅茶と菓子は人の心を解してくれるね」


 言葉と共に向けられた笑みが眩しい。


 しかし、私もハーストも戸惑っていた。


 彼女は何者だろう……?


「おやおや……"僕"としたことが、自己紹介がまだだったね……」


 その様子に笑みを苦笑に変えた後、一旦目を閉じて姿勢を正し、表情を消す。

 こうすると一層整った顔立ちが際立つ。


「"私"がヴァロワレアン家現当主、並びに枢機卿の位を賜っておりますアルフレッド=レミアル=ヴァロワレアンと申します……以後お見知りおきを」


 その人物は名乗り、見惚れるほど見事な所作で[ボウ アンド スクレープ(お辞儀)]を披露した。


『は?』


 私とハーストの間の抜けた声が重なった。


 団長の笑いを堪える声が漏れているのが聞こえるが、今はそれどころではなかった。


 視界の端で団長が立ち上がり、礼を返す。


 私は慌てて紅茶を置き、立ち上がり、スカートを摘みぎこちなく礼をした。


 ハーストも慌ただしく団長に倣っている。


「ふふふ、新鮮な反応だね……かわいいじゃないか……まあ、楽にしてくれたまえ」


ヴァロワレアン家現当主は取っていたポーズを崩してそう言うと、すかさず椅子を引いた執事と主の紅茶の準備を整えた侍女に礼を述べてゆっくりと腰掛ける。


「いつも思うが、趣味が悪いな……彼が件のヴァロワレアン卿だ」


団長はまだ少し笑いを堪えつつ言って、再び椅子に腰掛けて紅茶を口にする。


 私達もそれに倣い席に着く。


「……ふふ、幾つ齢を重ねても遊び心を忘れたくないものでね」


着席と同時に紅茶の香りを楽しんでいたヴァロワレアン卿は少し遅れて微笑みと共に返事を返し、紅茶に口をつけた。

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