第2話 斯くして時は動き出す

「私の名はレインフォルト=アーデルハイム……医師をさせて頂いております、私が今回の件の首謀者です……改めて聖騎士団の皆さんを歓迎致しましょう」


男は平然として名乗りその罪を打ち明けた。


「き……貴様っ……こんなことをしてただで済むと思っているのかっ!!?」


とりわけ造りの良い鎧を着た騎士団長らしき男が怒りに声を震わせながらも叫びを投げつける。


その口の端には吐瀉物の名残が見て取れた。


「そう大声を出さずとも聞こえていますよ……準備を重ねてこれだけのことをしたのですから、ただで済ませて頂いては私が困ります」


 男は顔を少し顰め、面倒そうに応えた。


「さて、下らない問答をするためにこんなことをする程に私は暇でも狂ってもいませんのでね、投降致しますので早々に連行していただきましょうか……」


 男は数歩騎士達に歩み寄り、両手を差し出す。

 騎士の一人が男の両手を取り出した縄で乱暴に拘束する。


「そうもキツく縛らなくても逃げはしませんよ……っと、私としたことが、そうでした!」


 男は大袈裟に思い出したと言わんばかりに目を見開き


「教皇猊下に手土産があるのでした……奥にある隠し部屋に司教様がおられますよ、早く助けて差し上げてください、生きておいでですよ」


「なに!? すぐに奥へ行ってお救けしろ! 衛生兵も同伴しろ!!」


 その言葉に騎士団長らしき男が慌てて指示を飛ばすと、数名の騎士達が闇の奥へと走っていく、その中には女性らしき姿も見て取れた。


「……そう、生きては……ね」


 男は俯いて風と雨音に紛れる程の声音で呟き口の片端を上げ歪な笑みを浮かべる。


「来い!」


 男を拘束している騎士が乱暴に縄を引く。


「やれやれ……そう手荒にせずとも行きますよ」


 男の言葉が終わると同時に、奥から悲鳴が響き渡った。



 13年後



 割れた窓や天井に空いた穴から差し込む陽の光が、幾筋も差し込んで仄暗い屋内を照らし出している。


 私は、朽ちた教会の中にいた。


 靴が少し埋まる程に降り積もった埃の厚みが、ここが打ち捨てられてからの年月を無言で語っている。


 壁や建ち並ぶ長椅子も大分傷んでいるものの、そこにシミが付いているのが見て取れた。


 私はしゃがみ込んで手袋で床の埃を払うと、やはり同じようなシミが現れた。


「これは……血痕なの……?」


 これが私の言葉通りのものなら、一体どれほどの量の血がここで流されたのか……


 想像するだけで恐ろしさを感じる。

 

 私は立ち上がり、奥に静かに坐す、かつて血塗れだったであろうシミだらけの聖女像を見上げる。


「ここで一体何があったの……?」


 私は誰にともなく呟いた。

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