二十四話 脱衣

 女装すると言ってしまった手前、もう引っ込みなんてつかない。


「それじゃ、私の制服を貸せばいいよね?」


「あー、えっと」


 俺が明確に答える前に、七海ななみは脱ぎ始めてしまう。


「ちょ、ちょちょちょ」


「うん?」


「俺がいるんだけど?」


「えっ、あー、そうだね」


 そうだねって。さっきも思ったけど、七海ななみの様子が少しおかしい気がする。

 しかし、それでも彼女はそのまま上だけ脱いでしまった。俺はそんな彼女を見ないように視線を逸らすも、どうしても気になってしまう。チラチラと見る俺には目もくれず、彼女はこう言った。


「見られて困るスタイルしてないし、それに──」


 そこで彼女は言葉を区切り、俺の方を向く。一瞬、彼女の下着姿が目に入るが、俺はすぐ視線を逸らした。


「好きな人が少しでも気にしてくれるから」


 それはとても蠱惑的こわくてきな声音であった。振り向かなくともわかる。彼女は今、魅惑的な表情をしているのだろう。一目見れば欲を貪り尽くすまで離さない、堕ちる未来が見える。

 だからこそ俺は一目も見ず、わき目も振らず、そのまま答える。


「ごめん。実は制服も持ってる」


「そう、なの?」


「ああ。単純に女装したくなくて噓をついたんだ。ごめん」


「ふーん。ところで、女装したくないって、それほんと?」


 女装をしたくない。何気なく言った一言であったが、確かにそれは嘘だ。俺は女装したくないなんて思っていない。思ったとしたら、初めてのときだけだ。

 なら、なんで女装したくないと言ったのか。

 単純だ。

 俺は七海ななみに女装してる姿が見られたくなかった。それだけの話。


睦月むつきくんがほんとに女装したくないっていうなら、私は別に強要はしないよ」


 さっきまでとは真逆の言葉だ。なにがなんでもさせようとしていた人の言葉とは思えない。けど、七海ななみの言葉は本心なのだろうと思う。

 最初は悪ノリのような感じで、そう言ってしまっただけ。だけど、少し時間が経ち冷静になって考えてみた結果、言い過ぎたとでも思った。

 つまりは反省したのだ。

 それなら脱いだその服を着てくれよとふと冷静に思うが、一目見たいという情欲がまだ、着ないでくれと願ってしまう。


「とりあえず、制服はあるから、女装するにしても、もう着といて大丈夫だよ」


「そ、っか。わかった。それで、制服はどこに入ってるの?」


「?」


「私が着替えてる間に、睦月むつきくんに着替えてもらおうと思って」


「ああ」


 至極当然のことだった。俺は今、この場から動くわけにはいかない。正確には、振り向けないのである。彼女が制服を着てくれればいいのだが、俺の着替えもある。

 それなら、同時に済ませてしまうのがいいだろう。どちらも見ないで済むならそれがいい。

 彼女はどこかへ移動しているようで、パタパタという音が聞こえてくる。たぶん、俺のカバンの元へ移動したのだろう。


「それでどこに入ってるの?」


「あー、えっと、鞄の奥の方に一纏ひとまとめにして入れてある」


「はーい」


 元気な返事をして、改めて移動する音が聞こえてきた。どうやら俺のカバンの元へ移動してたわけではないらしい。俺の後ろでなにが起きてるのかわからないだけに、いっそ振り向いてしまいたいとさえ思ってしまう。


「あ、カバン、勝手に開けても大丈夫? 先に確認しておくべきだったよね。ごめん」


「あー、うん。全然大丈夫」


「そう?」


「特に変なものとか入ってないし」


 俺がそう言うと、チャックを開ける音がして、ゴソゴソと中を漁る音がする。

 基本的には無音な状況だけに、ゴソゴソという音だけがするこの空間に、なんとも言えない背徳感と、ちょっとしたむずがゆさに襲われる。

 そんなことを思ってると、ゴソゴソとカバンを漁る手はそのままに、彼女に話しかけられる。


「ところで睦月むつきくん」


「なに?」


「変なものって、なんなの?」


 その言葉に一瞬理解が遅れる。

 変なもの。

 つまりは見られて困るものだ。本来であれば、俺が女子生徒の制服を持っているというのはおかしな話で、変なものであることは間違いない。

 しかし、この場合、変なものではない。目的のものがそれで、七海ななみは事情を知っている。


「変なもの、か」


「エッチなもの。違う?」


 後ろからそんな声が聞こえてくる。そこでエロ本が思いついて、彼女のその魅惑的な声音が再生される。


「そんなもん持ってねぇし、今どきは紙で持ってる人のが少ないんじゃないか?」


「それはつまり、睦月むつきくんもそういうことには興味あるってこと?」


「そりゃ男だしな」


「でも、女装してるでしょ?」


「ああ、そうだな」


「それに、全然こっちに振り向いてくれないし、興味ないのかと思った」


「そういうわけじゃない」


「そうみたいだね」


 そう言って彼女から制服が差し出される。


「ああ、ありがと」


「いえいえ。私はこっち向いてるからって、見えてないからわからないか」


 そう言うとピトッと彼女の背中がくっつく。彼女がまだ服を着てないのがわかる。

 肌と肌が触れ合う中、肌でない部分もハッキリ感じ、俺の鼓動は早鐘を打つように早くなっていく。


「これじゃ、着替えられないだろ?」


「そうだね、ごめん。でも、これで私がどっち見てるかわかったでしょ?」


「え、あー、そっか」


 そう言われて理解する。彼女がこっちを見てないのだということを。

 そして、着替えようとして気づいた。手元にスカートがないことに。

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