〈幕間Ⅱ〉 制服の予備

「ただいまー」


「どうしたの……って、なんで制服着てるの?」


「いや、まあ、色々……」


 気が抜けていたというか、あまりに馴染んでいたせいで女声で言ってしまった。キッチンには母がいたせいで、姉から借りた制服を着ていることがバレてしまう。


「あんなに制服着るの嫌がってたじゃない」


「親と一緒にどこか行くのも嫌なのに、女子の制服を着て出かけなきゃいけないんだよ!」


「別に、かわいいんだしいいんじゃないの?」


「バレる確率が上がるって言ってるんだよ」


「でもね、今着てるわけだし、今度その格好でどっか行きましょうよ」


「イ・ヤ・だ」


 そのあとも「一緒に出かけよう」と言ってきてらちが明かないので、ため息一つ吐き、話を変えることにした。


「夜ごはん作ってたんじゃないの?」


「そうだった」


「もっとしっかりしてくれ」


「とりあえず、出かける予定立てておくからね」


「ヤダって言ってんだろ」


 俺はそう言い残すと、自室に向かう。スカートを脱ぎ、ブラウスをのボタンを外して脱いでいく。学校は明日もある。

 これは姉から借りたものだ。用事は済んだのだから早く返さないと。

 そう思ってると、着替えが終わるぐらいのタイミングで部屋の扉がノックされる。


「今、大丈夫?」


 遠慮がちな姉の声。着替えてることもあるのを察してだろう。すでに終えてるし、気にする必要もない。

 ただ、脱ぎっぱなしになってるので、姉に声をかける前に、綺麗にたたんでおく。


「大丈夫だよ」


 いつもの声でそう答えると、またもや遠慮がちに扉を開け、それでいて両手でスマホをちょこんと持つ姉が入ってくる。


「ちょっとお願いがあるんだけ」


 そう言う姉は、先に帰ってきてるはすなのに、なぜか制服を着ている。というか、姉が毎日のように着てる制服は俺の手元にあるのに、なんで姉が制服を着れているのか。

 そこでふと、予備でもう一着ずつ買っていたのを思い出した。

 最初は、俺が使う用にとかいう話をし出していた姉と母だったが、俺が「制服は着ない」と言った結果、「じゃあ予備で」と結局買っていた。

 結果的に着てるわけだし、同じ学校に進学することになったわけだけど、だからといって、家で制服を着てる理由については説明できない。

 そんな疑問を頭でこねくり回していると、さっきまでの遠慮がちな様子からは打って変わって、大きな声を出す。


「あー!!」


「えっ、なに? こわ。急に大きな声出さないでよ」


「なんでもう着替えてるの!」


「そりゃ、着替えるでしょ。借り物だし、早く返さないと」


「せっかく睦月むつきが制服着てくれたから一緒に記念撮影しようと思ったのに」


「しないけど?」


 この姉、なにしようとしてるんだろうか。だいたい、なんの記念だという話だ。制服を着ただけで、初めての登校というわけではない。

 女子高生の装いでは、初めての下校ではあったが、そういう問題でもない。

 なにもめでたいことないという話だ。


「ほら、早く着替えてね」


 そう言って、部屋をあとにする姉。問答無用、ということらしい。

 仕方ないので、今着てる服を脱ぎ、脱いで綺麗に片付けたそれを再度着る。一度、着てるだけに、そこまで時間もかからずに着れる。

 姉も一段落したタイミングでまたやってくる。


「着替えた?」


 外から聞こえるその声に、「着替えた」と返すのが嫌で無言でいると、勝手に姉が入ってきた。


「なんで勝手に入ってくんだよ」


「着換え終わってるしいいでしょ」


「そういう問題じゃなく……。そえに、着替えてたかもしれないだろ」


「だって、絶対返事しないでしょ?」


 さすが姉だ。俺のことを理解してらっしゃる。


「それじゃ、記念撮影」


「ちょっと待ってくれ。ほんとに、するのか?」


「そりゃ、一枚だけ」


 その言葉に疑問を感じる。


「なんで、一枚だけ?」


「もし、私に妹がいたら、制服を着たらこんな感じかなってのを残したいからってのが一つ」


「もう一つあるの?」


「今日、どうだった?」


 その言葉で全てを理解した。本命はこっちなんだって。

 最初から、今日のことを聞きに来てる。皐月さつきとのことを。


「大丈夫だったよ」


 そう一言だけ告げたのち、姉に質問される形で、皐月さつきとなにがあったか話していく。図書室で会ったときのことから、空き教室のことまで。

 もちろん、全てを話すのではなく、二人だけの秘密にして置くべきことは伏せている。そうして一通り話すと、いい時間になっていた。


「それじゃ、最後に一枚ね」


 そう言って、俺と姉はツーショットを一枚だけ撮った。


「夜ごはんできたわよー」


 そんな声が聞こえてくる。

 せっかく制服から着替えたのに、今から着替えていては、少し遅れてしまうだろ。


「呼ばれちゃったね」


「誰かさんのせいで、俺は着替えらんなかったけどね」


「制服を学校で借りといてよく言うよ。ジャージで帰ったから、友達に色々言われたんだからね」


 それに関しては本当に申し訳ないせいで、なんとも言えない。


「そうだ、その制服」


「ああ、クリーニング出しといた方がいい?」


「そうじゃなくて。あげるよ」


「はっ?」


「これからもどうせ使うでしょ。私は予備あるし」


 そう言って、姉は自分で着てる制服のスカートをヒラヒラする。パンツが見えそうだということは言わないでおく。


「だったら、普通はそっちが俺のでは? こっちは一年間お姉ちゃんが使ってるんだし」


「その格好で言われると、妹に言われてるみたいでいいね。声もよろしくしたいとこ──痛っ!」


「そういう話は今してない」


「とにかく、私は予備を使うからいいの。以上」


 そこで、もう一度ごはんと呼ばれてしまったので、二人して向かったのだった。

 もちろん、制服姿のままで。

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