〈幕間Ⅰ〉 電車でも一幕

 最寄り駅までは15分。

 まだ見慣れない景色を皐月さつきと二人歩く。


「皐月って、なにが好きなの?」


「……よ」


「えっ、なに?」


 声が小さかったのか、喧騒の影響か、それとも両方か、なんにしろ上手く聞き取れず聞き返すことになる。

 となりの皐月は、顔を真っ赤にしていて、なんて言ったのかますます気になる。


「だからっ!」


「だから、なに?」


「……るよ」


「るよ?」


流羽るるって言ったの! 悪い!?」


 少し涙目の皐月さつきは明らかに恥ずかしがっていた。

 それがなんだか可笑しくて、可愛くて、ついつい笑ってしまう。


「もう、なんで笑うのよ」


「だって、そういう意味での好きで聞いたわけじゃなかったから」


「なっ……」


「でも、それだけ私のことが好きでいてくれてるんだと思うと嬉しくて、可愛くて、つい」


 恥ずかしさが爆発したのか、やり場のない感情を俺にぶつけるように、俺のことを軽くポカポカと叩く。

 それもまた可愛くて、つい笑ってしまった。

 彼女は不満そうだったけど。


「そうだ」


 なにを考えたのか、皐月さつきは俺の手をとる。というか、手をつなぐ。

 友達と手をつないで下校する。悪くはないのかもしれないが、友達にしてはやり過ぎな気もする。

 それゆえの当然の疑問。


「どうしたの?」


「さっき、流羽るるが走ったとき、置いて行かれたから」


 そのあと皐月さつきは小声で「もう置いていかれないように」と呟く。


「かわいい」


「かわっ……て、かわいくない! 普通!」


 それが普通なのかはさておき、かわいいものはかわいい。

 そんなわけで、ちゃっかりと手をつないだ、俺と皐月さつきは綺麗な夕日の下、高校の最寄り駅へ歩くのだった。


 駅につくと、皐月さつきと同じ電車を待ち、同じ電車に乗った。

 時間も時間だっただけに、電車の中はかなり混んでいて、押しつぶされそうなほど。俺と皐月さつきは電車のドア付近の角にいて、俺が皐月さつきを守る形となっていた。


皐月さつきは大丈夫?」


「私は大丈夫。それより、流羽るるのが大変でしょ」


 それはそうで、押しつぶされないようなんとか踏ん張っているのは俺だからだ。実際、気持ちとしては辛い。

 けど、皐月さつきにこっちを任せるのは違う。俺は本当は男なんだ。それなら、皐月さつきを守るのは俺の役目だ。それでも、俺は非力で女の子に毛が生えた程度の力しかない。つくづく嫌になる。

 そんなことを考えていると、電車は大きく揺れる。それにより、乗客も俺も例外なく、立っていた人のほとんどバランスを崩した。それにより、皐月さつきと密着することになる。


「ごめん、皐月さつき。大丈夫?」


「大丈夫ではないかもしれない」


「精神的にじゃなくて、物理的に大丈夫か聞いたんだけど?」


 ジト目で少し睨むように聞くも、「はぁはぁ」と興奮した息を漏らす皐月さつきに声は届かない。

 さすがに密着してるのもどうかと思うが、電車の中は乗客でごった返し身動きが自由に取れる状況でもない。


「ごめん、身動き取れそうにないや」


「それって、つまり──」


「うん、しばらくこのまま」


「ぐへへ」


「変な声が漏れてるよ」


「私としてはもうこのまま流羽るるとくっついているままでも」


「ちょっと、戻ってきてー」


 一人、自分の世界に入ってしまう皐月さつきの肩をゆすって、なんとか現実に連れ戻す。

 そして、なんとかして一歩分、皐月さつきと距離を取ることができる。


「なんで一歩後ろに?」


皐月さつきが怖いからだよ」


「そんなー」


 皐月さつきの行動のそれは少し、友達としてはおかしい部類な気もする。まあ、それが皐月さつきらしいと言えばそうなのだが。

 相変わらず電車は揺れ、その度に誰かと肩と肩が触れ合う。しかし、それでバランスを崩すことはない。

 そこでふと、目の前にあるソレが、電車が揺れるたびに少し揺れていることに気づく。

 こんなときにまでと思うが、こんなときだからかもしれない。不特定多数の他人ひとがそこにはいるのに、その不特定多数の他人ひとのほとんどは俺たちのことを気に留めない。

 なにより、俺が男であるなんて思う人はまあいないだろう。

 そんなことを思っていると、スカートが持ち上がる感じがする。また、皐月さつきがなにかをと思い顔を見るも、素知らぬ顔をしているという雰囲気はない。


流羽るるどうかした?」


「いや、ちょっと……」


 どう言ったものかと思い言葉に詰まる。しかし、皐月さつきはそれだけで察したのか、なにか見えでもしたのか、俺の後ろ辺りを鬼の形相で睨み付けている。

 もしこれが俺に向けられているものだったら、なんて考えたくない。

 誰が犯人だったのか、それは分からないまま、問題は解決する。


流羽るる、大丈夫そう?」


「うん」


 かっこいい。そのときにはいつもの皐月さつきの笑顔がそこにあった。

 正直、スカートを持ち上げられてると思ったときは気持ち悪かった。

 でも、なによりも怖かった。俺が男であると知られることが、皐月さつきに本当は俺が男だって知られることが怖かった。嫌だった。

 

 しばらくして電車が駅に着くと、ぞろぞろと人が降りる中、飛び降りるような速度で走って行く人が一人いた。その人が犯人なんだろう。きっと。

 そこからは何事もなく電車に揺られ、皐月さつきとは別の駅で降りることとなった。先に降りた皐月さつきは俺の家に行くと言い出したが、なんとか説得し辞めさせた。

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