一章 美少女に扮した俺はイケメンな彼女と邂逅する
一話 花飾り
スマホの内カメラで自分の顔を確認する。
バッチリメイクのできたかわいい顔がそこに写る。思わず一枚撮ってしまうのはいつもの癖だ。
そんなとき、姉から声をかけられる。
「準備できた?」
「うん。今日はどこ行くの?」
「実はさ、その、お願いがありまして」
「お姉様って呼べってなら断固拒否の構えで」
「違くて……」
俺の姉は自慢ではないが、物事はわりとハッキリと言うタイプで、こんなに歯切れが悪いのは珍しい。
ただ、そんな関係の
「それで、なんなの?」
「えっと……」
「ハッキリ言って」
「うん」
せっかくお洒落してるのに、かわいくキメてるのに、いつまでも自宅にいるだなんて勿体ない。今日はせっかく母がついてこない日だというのに。
俺が女装のことを打ち明けてから、出かけるときにとびきりかわいくされるようになった。そして、特に母が厄介で、俺を長時間着せ替え人形にする。それは外に行っても同じで、服屋があるたびに着せ替え人形にされてるのでは? と思うぐらいにはやられていた。
今日はそんな母がいない絶好の休日。この日をあまり無駄にしたくはない。
ちなみに、母は父とお出かけしている。もう結婚して十年は経とうというのに、お熱いことである。子どもとしてはもう少し自重してほしいものだが、険悪よりはいいかということで、放っておいている。
「実はさ、友人が今度の木曜、誕生日なんだよね」
「そうなんだ」
「それで、誕生日プレゼントを選ぶの手伝って欲しくて」
「お姉ちゃんの好きな異性の誕生日だから、あわよくば意識してもらえるようなプレゼントを選べと」
「ち、ちが──」
「ちがうの?」
わざとらしく俺は聞き返すことにする。別に仲が悪いわけじゃないけど、特別仲がいいとも思っていない。
けど、ときどきこういう意地悪がしたくなる。
「……ちがう」
「えっ?」
「好きな異性じゃなくて、その、かれし」
「好きな異性じゃん」
「違うの! 彼氏なの!」
「はいはい」
どうやら俺が思ってたよりも関係は進んでいたようだ。俺は姉と同じ高校に進学している。それだけに、姉のことを友人から聞くことも多い。
最近はもっぱら、姉とその彼氏のイチャイチャ具合が話題で、はやく付き合っちゃえよというのがわりと、学年の違う俺の耳にまで届いてきていた。それでも、本人たちは隠してるつもりだって言うのだから面白い。恋は盲目である。
俺も、高校生になってからは一度だけ女の子から告白されたけど、俺は断った。その子には、「もし卒業式のとき、まだ俺のことを好きでいてくれたなら、そのときもう一度……」と言った。正直、なにかのはずみで女装のことがバレるのだけは困る。
俺の高校生活は始まったばかりだ。あとまだ三年もあるのに、女装のことがバレて学校での生活が終わるのだけは避けたい。
彼女には少し悪いなとは思ったけど、こればかりは仕方のないことだ。他人よりも自分だ。
「それで、どうなの? まあ、ここまで聞いたんだから無理やりにでも手伝わせるけど」
「断るつもりもないけど」
「それならよろしい」
何様だよ、とは思わなくもないが、いつもの姉だ。
「それじゃ行こっか」
「あ、ちょっと待って」
姉はそう言うと、少し慌てた様子で部屋に戻る。すると、一つの花飾りを持って戻って来た。
「ウィッグかぶってるときぐらいしか髪の毛アレンジする機会ないからって、こういうの全然もってないでしょ?」
「まあ」
「せっかくだから今日は、プチヘアアレンジしよ?」
「えっ?」
そう言うが早いか、姉は俺を椅子の上に座らせ、俺のウィッグを取ってイジり始める。せっかく、バッチリキメてたのになんてことをしやがる、そんな気持ちがありながらも、髪の毛が綺麗に編み込まれていくサマを見るのは気持ちがよかった。
「簡単にだけど、これでいいでしょ」
「すごい」
たしかに数分で仕上がったそれは簡単にと言うのにおかしなことは何一つないのだろう。けど、目の前にあるのは数分で仕上がったとは思えない代物だ。
「そんなすごくないよ。手先が少し器用なだけ」
「ありがとう。かわいい」
「もう、そんなこと言ってもなにもでないぞ」
「お姉ちゃんの照れが出る」
「お? そんなことを言うのはどのお口だ? ほれほれ」
姉はそう言うと、俺の口をぐちゃぐちゅしてくる。ぐにゃぐにゃとなって少し気持ち悪いなとか思いながら、当初の目的を思い出す。
「お姉ちゃん、早く行かないと」
「そうだった。悩む時間が減っちゃう」
「今日はボクと遊ぶって両親には言ってたのにねー」
「もう、イジワル言わないでよ」
「今度お姉ちゃんにはこの穴埋めしてもらおー」
「はいはい、それでいいからはやくウィッグつけて」
誰のせいで今外れてると思ってるんだと思いながら、スマホの内カメラを使いながらつけてゆく。そして、ベストポジションになったところで、一枚写真をパシャリ。
「まだそれしてるんだ」
「かわいい顔がそこに現れたらつい、撮ってしまうんだよね」
「自画自讃するな」
コツっと頭を叩かれてしまう。自画自讃じゃないし。客観的事実からの賞賛だし。
心の中で、そんなささやかな抵抗を見せる。すると、姉がウィッグに触れる。
「ちょちょちょ、なにするの!?」
「えっ、なんでそんなに慌ててるの? 花飾りつけてあげようと思ったんだけど」
「あー、うん。そっか、ありがとう」
「?」
姉はなにがなんだかわからない様子でキョトンとしている。それでも、手だけは動かしていて、花飾りをつけてくれる。
「よしよし、かわいい」
「そう言えば、その花飾りの花ってなんの花?」
「なんだっけな、薄紫の花ってなにがある?」
「ラベンダーとか? でも違うよね」
「そうだね」
姉と一緒になって少し考えこんで見るも、皆目見当もつかない。
今ここで答えは出なさそうだ。
「ごめん、思い出せない」
「それじゃ、思い出したら教えて」
「リョウカイ」
こりゃ思い出すことはないなと思う。
「それじゃ行こっか?
姉はまだ慣れないのか、一度俺のことを
まあそんなわけで、俺と姉は家を出るのだった。
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