二話 お揃いの誕プレ
風が足元をすぅーっと抜けていく。その感覚に妙な心地よさを覚える。
しかし、それと同時、自分の本当の姿がバレていないのか? という疑念も覚える。
今いるのは町の中。姉と仲良く手をつないで、信号待ちしているところだ。
周りにはたくさんの人。さすが都会と思ってしまう。
けど、だからこそかもしれない。普段、よく出歩く家の周辺は人も少ない。住宅街だと言っても、今どきの子供は外で遊ぶなんてレアだ。昔は、なんて思ってしまう自分に、歳を取ったななんて思うけど、まだ高校生だ。
とまあ、どうでもいいのだけど。
つまるところ、人混みに慣れていないのだ。人の視線一つとっても、正直怖い。俺は女装している。それは世間ではマイナーな事象であると、自分でも理解しているから。
そうこうしてるうちに、信号は変わり始める。
「手、離さないでよ?」
「大丈夫。お姉ちゃんの腕、もいででも離さない」
「それ、別の意味で放してるし、それじゃ迷子になるから意味ないでしょ」
いつもの言い合いそこそこに、二人して信号を渡る。
今向かってるのはデパート。姉が彼氏とやらにプレゼントをあげるためだ。ここに母がいれば、話が尽きないどころか、離さないレベルで首を突っ込んできて、なれ初めから最後まで聞き出しているところだろう。俺は特に興味もない。
ふと、窓に映る自分の姿が一瞬目に入る。
女装した自分。
初見ではかわいい。
でも、好きではない。ただ、自分を嫌いになるよりもいい。
自分のことが嫌いな自分さえ嫌いだ。
だからこそ、好きな自分を見つけたかった。好きな自分を知りたかった。本当の自分なら好きになれると思った。
女装を初めてしたときに、嫌いではない自分を感じた。
それどころか、心地よさすら感じる。
そんなことを頭の中で考えている間に、自然と人混みから抜けたようだった。自然と姉の手を握る力が緩む。自然と力んでしまっていたらしい。
「よし、着いた!」
「結構大きいね」
「この辺じゃこれくらいが普通なんだろうけどね」
姉にそう言われて辺りを見渡す。たしかに似たような建物があちらこちらに存在し、自分が田舎者みたいに思えて少し恥ずかしくなる。
いや、田舎者だからと言って恥ずかしいということはない。だいたい、田舎には田舎のいい所だってある。まあ、俺の住んでるとこが田舎かと言われると、本当の田舎に住んでる人たちに怒られるだろうけど。
「それじゃ行くよ。これを見に来たわけじゃないからね」
「なんにも買わないで帰るのは、お店を覗いてからでも遅くないしね」
「いや、ちゃんとプレゼント選んで帰りますから」
「ふーん」
「ちゃんと
そう言われ、思わず「うげぇ~」なんて声が漏れる。相変わらず、姉とは手をつないでいる。
これから行くぞと言ってたわりに、姉の足は進まない。
「どうしたの?」
「いざ目の前にしたら足がすくんじゃって」
「大丈夫だよ」
そう言って、俺は姉の手を取り自動ドアをくぐり抜ける。
しかし、また足はすぐ止まる。
「せめて、ここで悩んで」
「そ、そうだね」
姉は案内板を前に悩み出す。お店を探している素振りではあるものの、難航しているようだった。
「うーん」と、一通り悩んだのち、やっと口を開いたかと思えば、
「その、行くって意気込んでおいてなんだけど、どんなのがいいと思う?」
「初っ端から!?」
もうどうしていいのかわからなくなっただけだった。
「なんでもいいと思うけど……」
「そういうの、一番困る。というか、それじゃ連れてきた意味ないでしょ」
それもそっか。しかし、少しは自分で考えてもらいたい。俺だって、姉の彼氏の好みなんて知らない。できる助言と言えば、一男としての意見ぐらいなものだ。
普通の男かと問われれば怪しいかもしれないが。
「それで、その、なにがよろしいのでしょうか?」
「彼氏さんって普段どんなことしてるの?」
「学校にいるときは友達と話してることが多いかな。部活はサッカー部だって聞いてる」
「ふむふむ」
自分とは対極過ぎる位置にいるのか。
全くわからん。
家にいるとき、俺はラノベや漫画を読むただのオタク。外に出れば、学校に行く場合は男の子として、どこか遊びに行く場合は、学友以外、つまり家族か一人の場合は男の娘として出かける。
姉の彼氏がサッカー部にいることを考えれば、十中八九陽キャグループだろうし、姉の容姿を考えても清楚系美少女。陽キャのイケメンに好かれるのは普通に考えられる。
ここまで考えて、なにもアドバイスが思いつかない。
「ねぇ、なにかない?」
「えっと、じゃ、ストラップとか?」
「ストラップ?」
とりあえず、当たり障りのない物を答えることにした。
なにが好きなで、どんな色が好みなのか、そういうのは姉のが知っているだろう。
少なくとも、ストラップなら貰っても困る物でもないし、普段使いしやすい物でもある。それに、もし普段使ってる物があるのだとしたら、よっぽどのお気に入りじゃない限り、
「そんなものでいいの? 付き合って初めての誕生日なのに」
「初めてだからでしょ。あんまり高価なものあげても重いだろうし、なによりストラップだったら、簡単にお揃いにできるじゃん?」
そう言われて、姉は少し考える素振りを見せる。俺の言ったことに、「たしかに」とでも思ったのかもしれない。これで解決してくれると、俺のなけなしの頭も約に立ったというものだ。
考えがまとまったのか、姉はフロアマップを確認する。ストラップを前提に詰めることに決めたらしい。
「ありがとね」
そんなことを姉は小声で言っていた。俺の耳も、たいがい地獄耳だ。
「それじゃ、今度こそ行こっか」
「はいはい」
姉にそう言われて、あらためて手を繋ぐ。姉の表情は心なしか、楽しそうに見えた。
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