三十話 皮肉
上品さ、気品さを感じるその様相は、まるでどこかのご令嬢さんかと見紛うほどである。別人と言っても差し支えない。
それなのに、俺は彼女を
「呆けた顔しちゃって、どうしたの?」
「いや、えっと……」
どう伝えればいいのだろうか。
適切な言葉が見つからず、思わず詰まってしまう。なにより、俺はこんなにも乱されているのに、普段と変わらない
「もしかして、私のこと嫌いになった?」
「そんなわけないよ」
「それじゃなんなの。私のことが好きになったとか?」
「……違う」
一瞬、ドキッと心臓が跳ねたような感覚に襲われたが、なんとか平静を装う。
俺は自分の感情が落ち着くのを待ってから、
彼女の目の前に立ち、俺は耳元に顔を近づける。
「あまりにも可愛いから、ドキッとしちゃった」
その言葉を囁くとともに、俺はすぐにそっぽを向く。
率直過ぎるその感想は、
俺は俺でノーダメというわけがなく、後から恥ずかしさがこみ上げてきた。しかし、彼女の様子を崩すことはできたので引き分けといったところだ。
「ふっ」
そんな呆れたような声が隣から聞こえてくる。
誰かと顔を向けると、先ほど試着室に入った
既に試着は終えたのか、ワンピースは彼女の手にある。
「あー、ごめんなさい。二人の世界を邪魔しちゃって」
「そういうんじゃないよ」
「そうだよね。女の子同士、だもんね」
そう感じているのは俺だけじゃないようで、
「そういえばワンピース、どうだった?」
「結構よかったし買ってこようかな」
彼女は他の人には聞こえないように「
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「うん?」
俺は
「どうしたの?」
「あ、えっと、その、さっき可愛いって言ってたけど、あれほんと?」
「えっ、あー」
今になってあのときのことを後悔する。あれは偽らざる俺の本心であった。それだけに、恥ずかしい。だから、肯定ともつかない濁った返事になってしまう。
「やっぱりお世辞?」
ただ、彼女はなにより真剣であった。まじまじと俺のことを見ている。
だから、俺は照れくさい恥ずかしさを堪え、こう答えた。
「可愛いかったよ。ほんとに」
「そう」
どういう感情なのかと、俺は不思議に思っているとその答え合わせはわりとすぐに行われた。
「私ね、この容姿が嫌いだった。私は自他ともに認めるほど可愛いでしょ?」
「それには同意したくない気持ちがあるよ」
苦笑交じりに俺はそう答える。
しかし、確かに彼女は可愛い。特に、今の彼女は。
「でも、それが事実なの。前にも言ったかもだけど、そのせいで私は同性からも、異性からも好かれなかった」
「ああ」
それで納得する。
彼女にとって可愛いという言葉は呪いのようなものなんだと。
なにより、これは彼女が男装するに至ったきっかけだ。
自分じゃない自分。
彼女は以前そう言った。
「でも、皮肉よね。
それは正しく自嘲的な言葉で、確かに彼女は嬉しそうだった。
だからなのかはわからない。
ただ、俺は無意識に彼女のことを抱きしめていた。試着室で、誰が見てもおかしくないその場所で。
「ちょっ!?」
「あったかい」
「服がしわくちゃになるし、その、えっと、えっと」
今にもぷしゅーと聞こえてきそうな彼女の様子に俺は満足しながら離れる。
心ここにあらずといった様子で、放心してしまった。
今だったら宗教勧誘や高い壺の一つや二つ買わせることも容易だと思えてしまう。
「えっと、大丈夫?」
「う、うん」
この状態で彼女を一人放っておくわけにもいかない。
どうしようかと思い、あることを思いつく。
彼女のこの前で一つ手を叩く。
「あまりにも放心してるようだったから」
「うっ」
どうやら自覚はあるのか、彼女はばつの悪そうな表情を見せる。
俺はそれには目もくれず、こう告げた。
「先に行ってるね」
彼女に「待って」と声をかけられるも、その声を背に俺はその場をあとにした。
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自分のことが嫌いな俺は、街では美少女で、その街でイケメンな彼女に恋をする アールケイ @barkbark
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