三十話 皮肉

 上品さ、気品さを感じるその様相は、まるでどこかのご令嬢さんかと見紛うほどである。別人と言っても差し支えない。

 それなのに、俺は彼女を皐月さつきだと認識している。


「呆けた顔しちゃって、どうしたの?」


「いや、えっと……」


 どう伝えればいいのだろうか。

 適切な言葉が見つからず、思わず詰まってしまう。なにより、俺はこんなにも乱されているのに、普段と変わらない皐月さつきがどうにも癪だ。


「もしかして、私のこと嫌いになった?」


「そんなわけないよ」


「それじゃなんなの。私のことが好きになったとか?」


「……違う」


 一瞬、ドキッと心臓が跳ねたような感覚に襲われたが、なんとか平静を装う。

 皐月さつきはなんとも言えない表情で俺のことを見ながら、疑問の答えを探しているようであった。

 俺は自分の感情が落ち着くのを待ってから、皐月さつきの元まで近づいていく。

 皐月さつきは相変わらずわけがわからないようで、周囲を見渡したりキョロキョロしている。

 彼女の目の前に立ち、俺は耳元に顔を近づける。


「あまりにも可愛いから、ドキッとしちゃった」


 その言葉を囁くとともに、俺はすぐにそっぽを向く。

 率直過ぎるその感想は、皐月さつきにはクリティカルのようで顔を真っ赤にしふにゃっとした笑顔を見せている。

 俺は俺でノーダメというわけがなく、後から恥ずかしさがこみ上げてきた。しかし、彼女の様子を崩すことはできたので引き分けといったところだ。


「ふっ」


 そんな呆れたような声が隣から聞こえてくる。

 誰かと顔を向けると、先ほど試着室に入った七海ななみがいた。

 既に試着は終えたのか、ワンピースは彼女の手にある。


「あー、ごめんなさい。二人の世界を邪魔しちゃって」


「そういうんじゃないよ」


「そうだよね。、だもんね」


 七海ななみは普段と変わらない様子でそう話すも、言葉の端々から棘のようなものを感じる。

 そう感じているのは俺だけじゃないようで、皐月さつきもバチバチとした視線を向けていた。


「そういえばワンピース、どうだった?」


「結構よかったし買ってこようかな」


 彼女は他の人には聞こえないように「睦月むつきくんも好きみたいだしね」と添える。そんな俺と七海ななみ皐月さつきは睨んでいた。

 七海ななみはお値段を確認し、財布の中身との相談の結果、買うことに決めたようで、試着室をあとにする。俺もそれにならい一緒についていこうとすると、皐月さつきに呼び止められる。


「ねぇ、ちょっといいかしら?」


「うん?」


 七海ななみは俺のことは気にせずそのまま行ってしまう。

 俺は皐月さつきの元まで戻る。


「どうしたの?」


「あ、えっと、その、さっき可愛いって言ってたけど、あれほんと?」


「えっ、あー」


 今になってあのときのことを後悔する。あれは偽らざる俺の本心であった。それだけに、恥ずかしい。だから、肯定ともつかない濁った返事になってしまう。


「やっぱりお世辞?」


 皐月さつきは俺の様子をうかがうような表情で、それでいて確固たる自信のようなものを感じる。

 ただ、彼女はなにより真剣であった。まじまじと俺のことを見ている。

 だから、俺は照れくさい恥ずかしさを堪え、こう答えた。


「可愛いかったよ。ほんとに」


「そう」


 皐月さつきは満足そうな、それでいてどこか自嘲的な笑みを浮かべる。

 どういう感情なのかと、俺は不思議に思っているとその答え合わせはわりとすぐに行われた。


「私ね、この容姿が嫌いだった。私は自他ともに認めるほど可愛いでしょ?」


「それには同意したくない気持ちがあるよ」


 苦笑交じりに俺はそう答える。

 しかし、確かに彼女は可愛い。特に、今の彼女は。


「でも、それが事実なの。前にも言ったかもだけど、そのせいで私は同性からも、異性からも好かれなかった」


「ああ」


 それで納得する。

 彼女にとって可愛いという言葉は呪いのようなものなんだと。

 なにより、これは彼女が男装するに至ったきっかけだ。

 自分じゃない自分。

 彼女は以前そう言った。


「でも、皮肉よね。流羽るるから言われた可愛いの一言だけ、こんなにも舞い上がってしまうのだから」


 それは正しく自嘲的な言葉で、確かに彼女は嬉しそうだった。

 だからなのかはわからない。

 ただ、俺は無意識に彼女のことを抱きしめていた。試着室で、誰が見てもおかしくないその場所で。


「ちょっ!?」


「あったかい」


「服がしわくちゃになるし、その、えっと、えっと」


 今にもぷしゅーと聞こえてきそうな彼女の様子に俺は満足しながら離れる。

 心ここにあらずといった様子で、放心してしまった。

 今だったら宗教勧誘や高い壺の一つや二つ買わせることも容易だと思えてしまう。


「えっと、大丈夫?」


「う、うん」


 この状態で彼女を一人放っておくわけにもいかない。

 どうしようかと思い、あることを思いつく。

 彼女のこの前で一つ手を叩く。皐月さつきは我に返り、「なにするのよ」とまくしたててきた。


「あまりにも放心してるようだったから」


「うっ」


 どうやら自覚はあるのか、彼女はばつの悪そうな表情を見せる。

 俺はそれには目もくれず、こう告げた。


「先に行ってるね」


 彼女に「待って」と声をかけられるも、その声を背に俺はその場をあとにした。

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自分のことが嫌いな俺は、街では美少女で、その街でイケメンな彼女に恋をする アールケイ @barkbark

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