八話 いたいのいたいのとんでけー!

「早くして」


「いや、ほんとにやるの?」


「やるのっ!」


「ちょっと恥ずかしいんだけど」


「いいから早く入れてよ」


 そう言ってこっちの話は聞かない皐月さつき。それでも、彼女が求め期待しているのだからと、俺はソレを口に入れることにした。


 話は少し遡り、昼ごはんになにを食べるか悩んでいたときのことになる。トイレから出たあと、俺たちが向かったのはフードコートだった。

 たくさんのお店が入ってるだけに、選択肢が多く悩んでしまう。

 隣には来たはいいけど、あんまりお腹の空いてない皐月が「どうしよう」なんてぼやきながらめをぐるぐるさせている。やっぱり解散するべきだったのでは? と思うが、彼女がそれを拒んでいる以上仕方ない。


「あー、そんなお腹空いてないならムリしないでもいいからね」


「はっ? ムリとかしてないし。ただ、ちょっと悩んでたっていうか? そんなとこっ!」


「そう?」


「そうなの」


 俺はある程度なににするか決めると、周囲を確認し始める。昼ごはんの時間にしては少し遅いからかそこそこ席の空きはある。それに座っている人のほとんどがすでにご飯を食べ終わっているようで、談笑に花を咲かせている。

 昼時の激戦ってわけでもないし、別にいいか。


「先に頼んじゃうから、空いてる席に座っててくれる?」


「まあ、流羽るるがそう言うなら仕方ないわね」


「あ、皐月さつきもなにか食べたいものあれば頼んでおくけど、なにかある?」


「えっ!? いや、私は別にいいかな」


「うどん食べる予定なんだけど、揚げ物とかなにか欲しいのある?」


「揚げ物……」


 そこにはお腹を擦りげっそりした皐月さつきがいる。やはり、お腹は空いていないのだろう。まあ、わかってたけど。

 それから少し悩んでる素振りを見せる。


「いや、ないわ。ええ、いらない」


「そう。それじゃ、皐月さつきはどうするの?」


「そんなことよりうどんで頼んできなさい。お腹空いているんでしょ?」


「えっ、あ、うん」


「私は先に空いてる席へ座ってるから」


「わかった」


 なんでか途中から会話の主導権を持ってかれて、なんか釈然としないが、別に気に留めることでもないだろう。

 俺はうどんを売ってる所まで行き、無難にきつねうどんを注文する。代わりに呼び出しベルを受け取る。

 そこで、先に座るよう頼んでおいた皐月さつきを探し、手を振る皐月さつきを見つける。そこでふとこの行動を思い返す。

 俺は、フードコートに行くとき、先に席に座るというのには否定派だ。先に注文して、そのあとに席に座るべきだと思う。

 けど、それだと席に座れない可能性が出てきてしまう。だから席が空いていることを確認してから頼む。そしてその席を確保する。

 まあ、席を確保してから注文する方が合理的ではあるし、確実なのだが、なんだか違うような気がしてそれはできない。

 特に正解というのはないんだろうけど、なにが正しいのだろうかとは考えてしまう。だから、先に皐月さつきに座るよう頼んでおいたのも少し納得はしていない。

 でも、なにも注文しないだろう皐月さつきのことを思えばこれは正しいのだろうと思えた。だからそうした。


「もう、こっちよ」


 そう言われ皐月さつきに手を引かれるが、もう遅かった。ぼーっとしていた俺は柱に頭をぶつけてしまう。


「いったぁい!」


「あっ! ご、ごめんなさい。もっと早く私が声をかけて手を引いてれば」


「いや、皐月さつきはなんも悪くないんだから」


「でも、結構大きな音してたけど、大丈夫?」


「大丈夫ではない。痛い。主に頭が痛いよ」


「えっと、えっと……」


 そうしてあわあわしだす皐月さつき。実際、思ってもいない衝撃だっただけに、結構ぐわんぐわんするというか、じんじんとした痛みが続いている。


「いたいのいたいのとんでけー!」


「えっ?」


「あっ、まだ痛い? い、いたいのいたいのとんでけー!」


「そ、そうじゃなくて、って痛みが少し引いてる……?」


「そうでしょ。ちゃんと効くんだよ。私の痛いの痛いの飛んで行けだからね」


 どこか自慢気だが、実際あれほどの痛みだったのに、いたいのいたいのとんでけー! の前と後では痛みが大分違う。と、そこで、呼び出しベルがぶーぶーと鳴り出す。きつねうどんができたらしい。


「あ、取ってくるね」


「頭は大丈夫?」


「うーん、流羽るるのおかげでもう大丈夫かな」


「えっ」


「じゃあ取ってくるね」


 そう言って、俺は出来上がったというきつねうどんを取りに行くことにした。

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