九話 あーんっ?

 特に混雑してるというわけではないため、すんなりきつねうどんを受け取ることができる。トレーに箸を置いたり、きつねうどんに七味といった薬味をかけ終われと、俺は皐月さつきのいた席に戻る。


「取ってきたよ」


「きつねうどん?」


「そう。うどんと言えばきつねうどん」


「別に、カレーうどんとか他にも──」


「きつねうどん」


「いや──」


「きつねうどん」


 俺が断固としてきつねうどん以外認めない構えのため、若干引いた様子を見せながら、あきらめる。

 ど○兵衛のやつとか、ときどき赤と緑が戦争してるなんてのもあるが、俺は断然きつねうどん。これだけは譲れない。理由があるのかと問われればば、ちゃんとした理由はないかもしれないが、なんとなくきつねうどんが好きなのだ。


「それじゃ、皐月さつきもなにか頼んできていいよ」


「えっ……」


 そこで死んだ魚のような目をする皐月さつき。もう顔に出てるし、昼ごはんというのを食べられるほど、お腹が空いていないのだろう。どこかやべっ、どうしようという感じがひしひしと伝わってくる。


「やっぱお腹空いてないんでしょ」


「うっ。……そうなんだけど、そうじゃないというか」


「別に、もう解散とか言わないから正直に言ってよ」


 彼女は少し考える素振りを見せるも、どうせもうばれているのはわかっているのか、ため息を一つこぼしヤケクソ気味にこう言った。


「そ、そうよっ! ここまで来たらお腹空くかなとか、なんなら忘れてくれるかなって思ってたのよ」


「でも、お腹は空かなかったんだね」


「うっ、うん。そうよ」


「じゃあ、少しくらいなら食べられるかなと思って、きつねうどんあーんしてあげたりとかしようかなって思ってたけど、それも無理かな」


 俺は一人言のようにそう呟く。彼女はその言葉に「えっ」なんて声をこぼしていたが、特に意味はないだろう。

 そう思ってどうしようか悩んでいると、


「ね、ねぇ」


「ん?」


「さっきの話、ほんと?」


「さっきの話?」


「き、きつねうどんあーんしてって話」


「あー、うん。さすがに、なんもすることないのに、待たせるのも申し訳ないなって思ってさ」


「ふ、ふーん」


「ちょっとなら食べられるかなって思ってたんだけど」


「た、食べられるわ!」


 食い気味で、それでいてストレートに強気な言葉でそう言われる。

 思ってもいない言葉だっただけに、脳の処理に少し時間がかかってしまった。けど、しっかりと理解する。


「お腹いっぱいなんじゃないの?」


「それはそれ、これはこれよ」


「そうなの?」


「そうなの。と、とにかく食べられるの」


 まあ、本人が食べられるというのだからそうなのだろう。まあ、一口、二口程度なら、たしかにほんとにお腹いっぱいという状況じゃなきゃ食べられるかと、納得しておくことにした。


「だから、早くして」


「う、うん」


 やる気と、期待に満ちたキラキラな瞳に提案したこっちの方が気圧される。なにより、提案したのは俺のはずなのに、実際に想像してみると、恥ずかしさが込み上げてくる。

 これ、ほんとにやるのか? まじで? てか、間接キスすることになるよな? そんな思考が、頭の中を駆け巡っていく。


「そ、その、ほんとにやるの?」


「やるに決まってるじゃない」


「うっ」


「早くしてよね」


「ちょっと恥ずかしいんだけど」


「いいから、早く」


 なぜか急かされてしまう。

 ええい、ままよ!

 そういうわけで、俺はうどんを箸で一つかみし、湯気のたつうどんをふーふーと少し冷ます。できるだけ汁がはねないよう慎重に、うどんを皐月さつきの口へ運ぶ。

 皐月さつきは皐月で、やっとという思いからか、目を閉じ軽く口を開ける。ピンク色の鮮やかな口の中の広がり、彼女が目を閉じていることも相まって、まるでキスをするときのようである。

 そのせいで、心臓はいっそう鼓動を早く、強くして、緊張してしまう。そのことを意識するだけでより緊張してしまうため、できるだけ気にしないように事を進める。

 うどんが口に近づくにつれ、少しだけ意地悪したい気持ちがわいてくる。まだほかほかだろうし。そう思って、うどんを彼女の頬にピトっとつけることにした。

 それもこれも、俺はこんなにもドキドキしててんてこ舞いなのに、リラックスしたような表情であーんを待つ皐月さつきが悪い。

 心の中だけでも自分の行動を正当化した。


「あっつい! なにすんのよ」


「いや、ちょっとイジワルしたくなったというか」


「なんでよ!」


「ごめんね」


「私だって女の子なんだから────んっ!”#$%&’()」


 しゃべってる途中で、俺は彼女の口にうどんをぶち込む。彼女はうどんの熱さからか、最初はほっくほっくとしてるも、なんとか飲み込めたのか、少し涙目になりながらもこっちをキッと睨む。


「なにしてくれるのよ!」


「ごめんって。つい」


「ついじゃないわよ! それに、これ辛いわ」


「あー、七味入ってるしそのせいかな」


「うー」


 少しヒリヒリしているのか、なんとも言えない表情で唸る。


「とにかく、こんなのあーんじゃないじゃない!」


「次はちゃんとやるって。あー、でも辛いんだっけ?」


「それぐらい我慢できるもん」


 あーんを諦める気はないのか、そんなことを言った。正直、我慢してまでもすることじゃないと思うけど、彼女がしたいと言うのだからそこは尊重してあげることにする。


「それじゃ、あーん」


「あーん」


 今度は目をつぶらない。どうやら信用されてないらしい。俺は少し呆れながらも、言葉通りうどんを口に運んであげた。

 けど、ふーふーを忘れていたこともあり、熱かったのか、辛さが尾を引いてたのか、また熱そうに食べている。

 俺も、うどんが伸びるのはイヤなので普通に食べることにした。

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