十話 あざとかわいいくらいが丁度良い

 するするとうどんを食べていく俺とは対照的に、目の前の彼女は舌がヒリヒリしているせいか、口を開けて舌を冷ますように息を吹きかけている。

 俺も、辛いものなんかを食べるとすることがある。実際の効き目なんかを考えると、微妙という感じではあるのだが、本能的にというか、なんかやってしまうのだ。イメージとは恐ろしいものである。

 そんなわけで、七味の香るきつねうどんを食べ終える。まだ少し小腹が空いていた俺はどうしようかと周囲を見渡すと、いいものを見つける。


「食べ終わったし、これ返してくるね」


「わかったわ」


 一言そう声をかけ、俺はうどんの入ってた器とトレーを返却口に返した。その勢いのまま、新たな目的地へ向かう。

 そこで、あるものを購入し、皐月の元へと戻ってきた。


「お待たせ」


「別に待ってないわよ」


「ところで、これ、食べる?」


 手には一つしかないそれを指さしながら俺は聞いた。それはいわゆる、ソフトクリームというもの。俺は、男にしては珍しいのかも知れないが、無類の甘い物好きだったりする。

 クラスの連中らとの会話ではそんな話はしない。というのも、ただでさえ小柄な俺のことだ。バカにされるに決まってる。まあ、そもそも男同士の会話でそんな話にならないというのもあるのだが、それは別の話。

 閑話休題。

 ソフトクリームを目にした皐月さつきはさっきまでの、死んだ魚のような目から一変、キラキラとしら笑顔を見せる。けど、手に一つしかないことがわかり冷静さを取り戻したのか、咳払いをする。


「それ、どこで買ってきたの?」


「ん? そこだよ」


 今度はそう言って、ソフトクリームを売ってるお店を指さす。


「食べるなら半分こしようよ」


「えっ。でも、それじゃ間接キスすることになるわよ?」


「いや、もうすでにキスしてるし」


「そうだったわ。も、もうこれじゃ、お嫁さんにいけないし、流羽るるに責任を取ってもらうしか──」


「なに言ってるの?」


 ふざけたことを言い出す皐月さつきをたしなめるも、どこかシュンとしてしまう。それと、皐月さつきと俺の場合お嫁さんはどっちなのか。

 もしや、俺の性別が本当はわかったうえで、それでそんなことを言い出したんじゃ──。


「あっ、でもそれだとお嫁さんは流羽るるね」


 そんな一人言をかましてくれたお陰で、性別がバレていないことは理解した。


「なんで?」


「そりゃ流羽るるのがかわいいからよ」


「かわいい方がお嫁さんになるなら、私より皐月さつきのが適任だと思うけど」


「は、はっ? テキトーなこと言われても困るのだけど?」


「いや、ほんとに。美人でかっこいいうえに、仕草の一つ一つがかわいい全方向美少女──」


 それが皐月さつきだもん、と言おうしてそれを手で制止させられる。耳まで真っ赤にした彼女はこっちを視線を下に向けている。


「もういい、もうわかったわ」


「そうなの?」


「ええ」


「まあ、皐月さつきがかわいいって自覚してくれたならいいか」


「また、そう言って。それに、かわいいことを自覚してかわいいしてるのはどうなのよ」


「かわいいことわかっててかわいくないって言ってるよりかは、かわいいってわかってかわいいをしてるあざといぐらいが私は好き」


「そ、そう……」


 若干引いた様子ではあるが、俺の熱烈な気持ちが伝わったならそれでいい。皐月さつきは男装してるときはかっこよく、いつもの姿だとかわいい、つまり一人カップリングが成立するのだ。まあ、特に意味はないが。


「とりあえず、これ以上かわいいとか言わないで」


「かわいい?」


「だからっ! …………これ以上言われると、困る」


 あざとい。

 けど、好き。

 ただ、その感情だけが心を支配する。少しの間ぼーっとしてると、手元のソフトクリームがべちゃっとテーブルに溶け落ち、その音で我に返る。


「あぁ、ソフトクリームがっ!」


「私にかわいいなんて言うから罰よ」


皐月さつきがかわいいのは事実だけどね」


「また言ったっ!」


 憤慨するようにそう言うも、そこには照れが含まれていてほんとうにかわいい。


「それで、ソフトクリームどうするの?」


「えっ?」


「いや、半分こするって話」


「ああ。でも、ほとんど落ちちゃってるじゃない」


「それもそっか。それじゃ、もう一個買おっか」


「それが一番よ」


 実際、溶け落ちたソフトクリームは丁度ワッフルコーンの上に乗っていた分がどっさりと落ちている。これじゃ分けようにも分けられない。

 仕方ないかと、俺はワッフルコーンと少し残っていたソフトクリームを一口、二口と口に運び食べ終える。それから、ダスターを探し手際よくソフトクリームの落ちたテーブルを拭く。

 元あったように、元よりも綺麗にした状態で俺と皐月さつきはテーブルを後にする。


皐月さつきはソフトクリームなに味がいい?」


「なに味があるの?」


 どうせすぐわかることではあると思いながらも、さっきソフトクリームの看板を思い出しながら答える。


「さっき私が食べてたバニラ」


「それは知ってる」


「あとは、チョコに抹茶、季節からかイチゴもあったかな」


「へぇ、イチゴ……」


「イチゴ好きなの?」


 俺もイチゴは好きだ。酸味とそこに感じる甘み。そんな絶妙な味わい。練乳をたっぷりとかけ、ただただ甘いイチゴも好きだけど。


「アイスとかのイチゴは好き」


「普通のイチゴは?」


「どっちかと言えば苦手ね。酸味がちょっと」


 そこがいいのにと思うが、確かに苦手という人は酸味が嫌いなのかも知れない。


「同じ理由で柑橘類とか、トマトなんかも苦手」


「ふーん。でもさ、アイスのイチゴはなんでいいの?」


「イチゴミルクだから」


 その言葉にどこか納得してしまう。たしかに、アイスのイチゴと言えばイチゴミルクのような味だ。イチゴとは別の美味しさがある。

 そうこうしてるうちに、目的のソフトクリーム屋さんにつく。


「マンゴーあるじゃない!」


「急にどうしたの、大きな声で」


「あっ、えっと、私、マンゴーが好きなの」


 そう言いながら、ちょっと恥ずかしそうにもじもじとする彼女は、やはりかわいかった。

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