二十三話 女装 2

 七海ななみの顔を直視できず、うつむいてしまう。

 沈黙が場を支配し、それは俺にとって永遠とも思える時間で、考えをまとめるのには十分な時間だった。

 俺は意を決して彼女に問いかけることにする。


「なんで? なんで、女装してるって知ってるの」


「やっぱりあれは睦月むつきくんだったんだ」


 その言葉に改めて頭が真っ白になる。

 七海ななみはさっき知ってると言った。でも、これじゃまるで知らなかったみたかのような、いや、知らなかったのだ。

 口ぶり、態度から知ってると判断をしたのは俺だ。実際、知ってるとも言ったから。


「かまをかけるようなこと言ってごめんなさい。でも、どうしても気になって」


「気になる?」


「朝、メイド服を着た睦月むつきくんを見たでしょ?」


「そうだね」


 光一こういちが見つけたとか言って見せてきたものだ。あのとき光一こういちはそのメイド服を着た俺を美少女とかキモいことを言っていた。

 そのときの俺と昨日の女装した俺が繋がったのだと思った。


「遠くから見かけただけだから確信があったわけじゃないんだ。だから、あのあと光一こういちくんと連絡先交換してメイド服を着た睦月むつきくんの写真を送ってもらって──」


「ちょっと待って。光一こういちが持ってたあの写真を七海ななみも持ってるの?」


「え、あっ、うん。そうなるのかな?」


 視線を背け、そっぽを向く彼女の態度はなにか隠し事でもあるかのような、後ろめたいことがあるかのような反応である。


「私の話は今は置いといて、そのメイド服を着た睦月むつきくんとあのとき見た女の子? を思い出してたらなんとなく似てる気がして」


「それで聞いてみたの?」


「はい。だから、女装してたってのは本当は知らなくて。だから、ごめんなさい」


 謝罪をする七海ななみの様子を見れば、このことを誰かに話すなんてことはないと思える。

 それに知られてしまった以上、隠すことはできない。できることと言えば、他の人にこのことを漏らさないようにすることだけ。


「とりあえず、他の人にはこのことを話さないで」


「うん。私と睦月むつきくんとの二人だけの秘密だね」


「まあ、そうなるのか」


 なんとも照れくさい表現に、なんとも言えないむずがゆさを感じる。それは七海ななみも同じようで、頬を赤らめ俯いている。


「あ、あの、それで、睦月むつきくんに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」


「俺にできることだったら」


「えっとね。その、今から女装してもらいたいなって」


「女装?」


 なぜ女装して欲しいのだろうか。七海ななみに実はそういう趣味があって、とかだろうか。男の娘が好きみたいな。

 いや、もともと七海ななみは俺のことが好きだ。これは疑いようのない事実だ。それなら、好きな人の知らない一面を見てみたいといったところの気がする。


「あーうん。その、今は持ってなくて──」


「私のを貸すよ?」


 食い気味だ。いつもの七海ななみに比べて、少し鼻息が荒い気もする。

 それだけじゃない。目がぐるぐるしてるような、そんな感じがする。


「えっと、道具とかもなくて──」


「それも私のがあるから! というか、持ってるよね?」


「えっと、どうしてそう思うの?」


「毎日持ってるし。それに、ないとしたら制服ぐらいでしょ? ないのはお姉さんのを借りてるからだろうし、それなら私のをぜひ」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってね。なんでそこまで知ってるの?」


 情報量の多さに頭を抱えたくなる。というか、ちょっと怖い。

 しかし、よく考えれば彼女は俺のことが好きなのだ。隙あらば俺のことを落とそうと、そして俺のことを知ろうとしてきてもおかしくはない。そうして徐々に情報を仕入れていった。

 でも、それならなんで制服のことまで? 女装していることはさっき知ったということだった。もしかしてそれすらもブラフ?

 考えれば考えるほど頭がパンクしてくる。


「ふふふ、なぜでしょう」


 七海ななみ七海ななみで不敵な笑みを浮かべている。とりあえず、なんで知ってるかは教えてもらえないらしい。


「それで、女装はしてもらえるのかな?」


「えっと、できればお断り──」


「えっ……」


 なんと表現するのが正しいのか、彼女の言葉は拒絶とも、悲しみともとれるものだった。深い闇と言っても差し支えない。

 よくよく考えれば、俺は七海ななみがなぜ俺を好きなのかを知らない。好きだと好意を寄せてくれているということを知ってるだけ。ふと、そんな事実に気づく。


「ふーん。睦月むつきくん、そういうこと言うんだ」


「いや、えっと、その……」


「それなら女装のこと話そうかな。皐月さつきさんだったよね? 私と同じクラスだし丁度いいや」


 明確な敵意。

 どす黒い闇。

 いつもの七海ななみからは感じないその圧だけで身じろぎ一つできなくなる。なによりも不思議なのは、彼女の行動だ。それはまるで、相手の、俺の好感度をどうでもいいとさえ思っていることだ。

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。だって、俺が取るべき行動は決まってるのだから。


「……する」


「ん?」


「女装する」


「よかった」


 満面の笑みでそう言う彼女はいつもの七海ななみで、さっきまでの彼女の面影は何一つなかった。

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