二十二話 女装

 七海ななみのあの発言。どういうことなのだろうか。そんなことを考えてるうちに、放課後になっていた。


「そんじゃ、部活行くわ」


「あ、ああ。また明日」


「おう。じゃあな」


 そう言って、光一こういちは去っていく。教室には数人程度しか残っていない。その数人もこのあとどこ行こうかという放課後の予定を話し合っているものだ。皐月からは『今日の放課後時間ある?』とあったが、『予定があるから』とそう返した。

 そこで、何者かの気配を感じ、パッと振り返る。


「ひゃっ!」


「……七海ななみ?」


 驚いた表情の七海ななみがそこにいた。


「なにしてるんだ?」


「いつものように目隠しでもしようと思って。……どうしてわかったの?」


「なんとなく。てか、先にごめんなさいでは?」


「うう、ごめんなさい」


 しゅんとしながらもちゃんと謝ってくれる七海ななみ。俺もそれに対し「別にいいよ」と返し、社交辞令のように、忘れてることを望むようにこう言った。


「それでなんのようだ?」


「朝、言ったでしょ?」


 その言葉に、なぜか背筋が凍るような思いをする。なんて言葉のないはずなのに。

 ただ、要件はそれだけで伝わった。


「だからここで待ってたんじゃないの?」


「いや、ぼうっとしてただけ。光一こういちともさっき別れたばっかでさ」


「そうなんだ」


 彼女はそれだけ言い、考える素振りを見せると「ついてきて」と言って歩き出した。俺も、急いで準備を済ませ、彼女の背を追いかける。


 しばらく歩いたところで、空き教室の中に俺たちは入る。一息ついたところで、沈黙が場を支配する。

 彼女が話を持ち掛けてきたのは朝、光一こういちがメイド服を着た俺の姿を見せたときだ。関係してないわけがない。

 しかし、七海ななみとは俺が流羽るるのときに遭遇はしてない。学校では特にそんな記憶はない。そもそも、あのときは図書室と空き教室、帰宅時だけで、見たのも一部生徒だけのはず。

 というか、七海ななみがそう言ったのだ。噂が広まったのは、皐月さつきが有名だったから。見たという生徒は少ないと。

 考えがまとまった俺は、意を決して口を開く。


「なぁ、なんで二人で話がしたかったんだ? 告白なら──」


「本当にわからないの?」


「告白じゃないのか?」


 分かっていることから整理して考えついたのは、メイド服を着た俺も好きだという告白。

 それが真面目なものであることを意識させるために、場所や雰囲気を大事にしたい、なによりこういうことは二人きりでするものというイメージもある。

 なにより、彼女は俺のことが好きだ。自惚れでも、自意識過剰なんかでもなく、それはもう痛いほど知っている。いつ再度告白をしてもおかしくはないし、タイミングさえあれば好きだって何度も言うことだろう。

 だから、また告白しようとしているのでは? と思っていたが、反応から考えるにどうやら違うらしい。


「私、吹奏楽部なんだよね」


 突拍子もないその発言。なにか意図があるのだろうが、全くわからない。

 吹奏楽部とこの状況、そしてメイド服。

 どこをどうつなげようと思っても繋がらない。とりあえず、当たり障りのないことを返すことにする。


「そうなんだ。楽器を聞いても?」


「トランペットだよ」


 金管楽器でも目立つその楽器。普段の彼女を考えれば少し意外で、強気な楽器。

 しかしその言葉に、どことなく既視感を覚えた。最近どこかで聞いたような。

 肌にべったりとまとわりつくような嫌な予感。どうしようもない不安が体を支配する。


睦月むつきくんって、普段曲聞いたりする?」


「いや、あんまり」


「そうなの? ちょっと意外かも」


七海ななみは──吹奏楽部だもんな」


「そうだね。まあ、ご想像通りクラシックも聞くけど、アニソンとかJ-POPも聞くよ」


「アニソンとかも聞くのか」


 またもや意外だった。

 しかし、順当に考えればそこにおかしなことなど一つもない。吹奏楽部で演奏する機会だってあるだろう。そうすれば自然とそういう曲を聞く機会も増える。

 俺も昔はよく曲を聞いていた。

 そのときの俺は自分のことが嫌いで、そんな自分も嫌いで、どうしていいのかがわからなかった。だから、少しでも気を紛らわせるために曲を聞いた。

 明るい曲は気持ちを明るくさせ、静かな曲は気持ちを落ち着かせ。そうしてるうちに色んな曲を聞いた。

 でも、今はあんまり触れていない。

 曲を聞く必要がなくなったから。女装をすることで、今は自分を少しでも肯定できている。その結果、気を紛らわせる必要がなくなった。

 まあ、たまには聞くこともあるが、その程度。

 そんなことを考えていると、七海ななみは俺の目の前に立つ。

 その行動に、これから本音を本題を話すのだと無条件で理解する。

 

「私ね。睦月むつきくんのことが好きなんだ」


「やっぱり告白?」


 無言で首を振る七海ななみ。なにを考えているのかは全くわからない。

 しかし、不安は何一つ消えない。ただ増すばかりだ。

 きっと、頭では理解しているのだ。このあとのことを。それでも、その理解を拒んでいる。


「だから、私は睦月むつきくんのことならなんでも知ってる」


「なんでも?」


「そう、なんでも。例えば──」


 そこで言葉を区切って笑顔を見せる彼女。なにやら曲を口ずさむ。

 それは昨日聞いたトランペットの音色。聞き間違える方が難しいような目立つ音色。それだけに、俺の記憶に焼き付いていた。思い出してしまった。

 なにより、そのときの俺は女装していた。初めて着た制服に、簡易的な髪型。

 その姿を誰かに見られていた。その数は多くないにしろ、一定数いる。

 その一人に七海ななみがいてもなにもおかしなことはないことだった。彼女の行動がそれを物語っている。

 けど、それはまだ確定していない。 直接確認されたわけでもない。

 まだ、どうにかなるかもしれない。

 そんな希望も、彼女の次の言葉でついえた。


睦月むつきくんが女装していたってこととか」


 頭が真っ白になるような、なにをしても溺れてしまいそうなその一言に、これが絶望かと冷静に思考する自分がいる。

 なにを言うべきか、言葉一つ見つからない。ただ、運命を委ねることしかできない。

 だって、全てがバレてしまった。このことがみんなに知られれば、きっとこの学校での俺の居場所なんてない。

 なにより、皐月さつきにそのことを知られるのが嫌だった。皐月さつきと一緒にいられなくなることがなにより嫌だった。

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