十二話 それが初恋というものだから
聞き覚えのある声。
自然と振り返っていたが、彼女の顔に見覚えはない。
「それじゃ、私たちも一緒に登校するので」
そう言って、俺は彼女に連れて行かれてしまう。姉もどこか不思議そうな感じで俺のことを見ていた。
二人と別れ、彼女と二人きりで高校に行くことになる。
その間に会話はない。
そもそも、彼女が誰だかわからない。
なんて声をかけていいのかもわからないのだ。彼女は彼女で、一緒に登校できるだけで満足なのかニコニコしているだけのようで、話しかけてくる素振りもない。
現状、手詰まりというヤツだ。
どうしていいのか悩んでいるうちに、高校が見えてきてしまう。
終始無言で、わけがわからない。ただ、混乱している自分がいる。
そこでやっと、彼女から話しかけられた。
「今日は一緒に登校してくれてありがとね」
「? 別にそのくらいいいけど」
彼女は俺の言葉に驚愕した表情を見せる。
そんなに変なことを言っているだろうか? いや、そんなわけない。ただ、一緒に登校するくらい別にいいと、そう言っただけだ。
「もしかして、私のこと忘れてる?」
「すまん。たぶん、忘れてる」
「やっぱり」
彼女は少し悲しそうな表情をしながらも、ため息を一つこぼす。
しかし、薄々気づいていたのか、そんな表情も一瞬で、気のせいと言われればその程度のものだった。
「私の名前は
彼女の言葉に少し棘を感じながらも、こればかりは俺が悪い。
俺は彼女に、
少し意識してもおかしくない出来事の後と言っても差し替えないのに、俺は意識どころか忘れていたのだ。彼女の抗議はもっともである。
「どうしたの? 暗い顔して」
「えっ?」
彼女に言われて初めて、自分が険しい表情をしてることに気づく。
無意識だった。
「やっぱイヤだよね。好きでもない女の子と一緒に登校だなんて」
「いや、そういうわけじゃない」
「好きってこと?」
「そうでもない」
一瞬、ちょっとトキメイたような表情を見せた彼女も、すぐにちぇーっと、拗ねたような表情を見せる。
彼女の行動自体はかわいいと思う。けど、俺はそれと同時に罪悪感も覚える。
だって、俺は自分本位な理由で彼女の告白を断ったのだから。
自分の感情とは別に、自分が彼女を好きかは二の次に、彼女と向き合わずに。ただ、自分が学校で過ごすのに彼女と付き合うことがリスクになると考えた。
だから、彼女のことは何も知らない。知ろうともしていない。
「別に、私に興味がなくてもいいんだ」
唐突に彼女は語りだす。高校を目前としたその状況で。
登校している生徒も相当数いる。きっと、周囲の生徒には聞かれてしまうだろう。
それなのに、彼女はそのまま語りだす。
「キミが、
「どうして──」
どうして俺のことを好きになったのか。その理由だけが気になった。俺が彼女になにをしたのか。それが全くわからない。
自分のことも好きになれない、卑屈な人間。それが俺だ。なにもしないで好かれるわけもない。
それなのに、彼女はそんな俺のことが好きだという。理解ができない。
「だって、それが私にとっての恋だから」
その言葉が納得できるわけではない。
理解できるわけでもない。
けど、なにかが俺の中ですんなりと、なにかが落ちた気がした。
「好きになってもらえるよう、全力で私は
「それでダメだったら?」
「ダメだったらか。でも、そんなことは想定してないかな」
「なんで」
「だって、失敗することを前提に考えるなんて、最初から諦めてるみたいじゃん」
彼女の答えに初めて納得する。
そして理解する。
彼女は恋をしているのだと。だから俺が好きなんだと。
それが彼女にとっての初恋だったから。
「万に一つも失敗しない。私は、
そう言い切った彼女はもう、あのときのこを忘れているようであった。いや、それを理解した上でそう言ってるのかもしれない。
ただ、周囲からは距離をとられ、軽く腫れ物のようであった。
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