十三話 空と氷の一人

 教室に着くと案の定噂されていた。今も彼女は隣にいる。

 なにがとは言わないがずっと、彼女のそれが当たっている。いや、当ててるんだろう。

 学校という場に置ける噂は厄介なもので、二極化されると言ってもいい。とかく、彼女が美少女だったという事実は、男から反感を買う覚悟はしとくべきだろう。

 意を決して教室に入る。


「お、有名人」


「有名人は辞めてくれ」


「まあ、有名なのは元からか」


「そうなのか?」


 気にせず話しかけてくれた友人に、少しだけ安心を覚える。

 彼女とは同じクラスではないはずだが、なぜか未だにくっついている。目的もわからないし、少し不気味である。


「そっちが例の」


「はい、睦月むつきくんに振られたかわいそうでかわいい女の子、七海理佐ななみりさです」


「なんの嫌がらせだよ」


 今の一言で教室がざわめく。うるさいぞとでも言ってやりたい。


「どうです? 少しは告白する気になりました?」


「なるわけねぇだろ」


「俺、筑波光一つくばこういちって言うんだけど、どうよ? 睦月むつきとは中学のころからの友人なんだぜ」


「そういや、告白されてんのとかは見たことないな」


「お前も一回だろ?」


「残念、二回だな」


「誰?」


 驚いた表情を見せる光一こういち光一こういちの存在が微塵も気にならない程の、圧倒的な存在感を放ち、気迫のこもった反応をする七海ななみに、こちらが気圧される。


「いや、ちょっと昔に──」


「昔?」


 七海ななみの張り付いたような笑顔が、より存在感と恐怖を増している。

 光一こういちは修羅場の予感でも察知したのか、こそこそと逃げようとしていた。

 あまり刺激しても碌なことがないことは目に見えているため、俺もできるだけ丁寧にそのときのことを話すことにする。


「小学生? いや、中学生になってすぐだったかな。ちょうど七海ななみさんと同じぐらいの時期に、告白されたんだよ」


「返事は?」


「断ったよ。そのときは恋とかよくわからなかったし」


「それならよかった」


 よかったというのがどういう意味なのか、知りたいと思う気持ちと、知りたくない思いが混在してジレンマを起こす。

 とりあえず、七海ななみの気迫も、張り付いたような笑顔はもうない。タイミングを見計らったように、光一こういちも戻ってくる。


「それにしても、お前って案外モテるのな」


「そうか?」


 あんまり自覚はないが、言われてみればそうなのかもしれない。

 特に、目立つようなことはしてないと思うのだが。どうなんだろうか。


「まあ、かわいい顔してるし、そういうとこなんかな」


「それはないだろ」


「いや、中学のときのお前のメイド姿、女の子と変わらんって」


 人が気にしてることをこうもずけずけと。こういうところが彼のモテない理由なんだろうな。顔や見てくれなどは悪くないのに、性格がちょっと残念。

 しかし、そういう人が好きという人もいるだろうから、希望はある。頑張れ、光一こういち

 何様だよという思考をしてると、予鈴が鳴る。


「クソ、睦月むつきのメイド姿の写真、全然見つからねぇ」


「見つからなくていいよ」


「せっかく、七海ななみさんいるから見てもらおうと思ったのに」


「でも、予鈴鳴っちゃったよ?」


「見たいよね?」


「そりゃそうだよ。睦月むつきくんのメイド姿だもん」


 あれ以来メイド服なんて着たことなんてないし、レアではあるのかもしれない。けど、そんな見たいものでもないだろ。

 はたから見れば面白いものなのは、わからなくもないが……。

 あのときの写真を見られるのは、俺としては好ましくない。


「もう予鈴鳴ってるんだから散った散った」


「えぇー」


 そう言いながら帰ろうとしない七海ななみ。思ったよりも力の強い七海ななみに抵抗され、動かすこともできない。

 女の子よりも力が弱いのだという事実に、また自分を嫌いになりそうになる。

 ああ、クソ。


「遅刻してないのに遅刻になるぞ」


「それは困ります。なので、早く見つけて」


「写真が多すぎてスクロールしてもスクロールしても見つからないわ」


「いつとか覚えてないの?」


「中学のころだしな」


「使えないなー」


「そんなこと言わないで」


 とりあえず、彼女を追い出すために腕を掴もうとして、その手が柔らかなものに触れる。感触としてはふに。

 時として一瞬。本人しか気づかないだろうし、当事者にしか伝わらないだろう。

 それでも、触れたという事実が、その感触が、どうしようもない感情を湧き上がらせる。

 一点の血の巡りが良くなっていくことを理解する。

 それでも努めて冷静に声を出す。


「ほら、もうそろそろ本鈴だろ?」


「わぁーん」


 残念そうな声を出す七海ななみを今度は、すんなりと教室から連れ出すことができる。

 腕をつかんでいるため、彼女と一緒に廊下に出る。


「感想を聞いてもいいかな?」


「な、なんの?」


 まさかの第一声に、俺は頬を引きつらせながら答える。

 しかし、彼女は依然とした態度で一点を確認する。満足したのか、笑顔になる七海ななみ


「まあ、そういうことならいいや」


 最後に、「またね」と手を振る彼女は、どこか安心そうだった。

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