四話 初めての

 最初に思ったことは、思ったよりかわいい声だなってことだった。

 棘があり、芯のある声なのにも関わらず、ちゃんとかわいらしいと感じる声。


「どうしたの?」


「いや、別に」


 別に彼女に話すことでもない。

 この状況で話さなきゃいけないことはもっと別のことだ。


「とりあえず、あんたは私の秘密を知ったわけだ」


「そうだね」


「なら、あんたもそれ相応の秘密を話すべきだ」


「そうかな?」


 それ相応。その言葉で一瞬、身体がハネた。理由なんて簡単だ。彼女と俺は似た者同士だと思うから。

 俺は女装し、彼女は男装する。

 格好は違えど恰好は同じ。

 それがわかってるからこそ、ここからは慎重にならざるを得ない。


「そうよ。って、言っても簡単に話すわけないでしょうね。心当たりがあっても」


「心当たりね」


 目の前の彼女の一つ一つから耳が離せない。自分の身を守るために。

 それは彼女も同じだ。だからこそ気が抜けない。


「それなら、なにを話すの?」


「なにも話さなくていいわ。代わりに、その、私のお友達になりなさい!」


 少し照れているのか、それとも恥ずかしいのか、はたまたそのどっちもか、目の前で顔を真っ赤にした少女は、今にも火を噴きそうなほどである。

 声も語尾が上がっており、トイレには似つかわしくない大きさだった。


「まあ、もしお友達になるのが嫌なら、とっとと話すことね」


「あの、一つ質問なんだけど……」


「な、なに?」


「友達になるのはいいんだけど、それになんの意味があるの?」


「へっ? 意味?」


 虚を突かれたような顔になる彼女。完全になにも考えてなかったのか、しばらく考え込んでしまう。

 友達になること自体は別に問題ない。あるとすれば、俺が女装しているということだけ。普段から女装することは多いが、あくまでそれは私生活だけだ。

 学校では普通に男性として過ごしている。嫌いだからと言って目を背けるのは違うというのと、高校までを一区切りとして考えるのが丁度いいと思ったからだ。

 大学生になれば、私服で登校するようになるはずだ。それなら、明確に男性と女性の区別がついている制服という衣服を着るのは高校生までだろう。

 自分がどうしたいのか、最終的な自分を見つけるのにこの三年間というのは、実に丁度いいと思った。

 そんなことを思い返してると、彼女の思考もまとまったらしい。


「特に意味なんてないわよ」


「じゃ、なんで私なんかと友達になりたいだなんて思うの?」


「それは、その、私ね、一人ぼっちだから……」


「一人ぼっち?」


 そう聞き返すと、彼女は意を決したように語り出す。


「そう。学校に私の友達はいない。お高くとまってるとか、そんな理由で同性からは嫌われてるの」


 彼女は最後に、「異性は論外ね」なんて自嘲的に付け加える。

 哀しそうな、そして、悲しそうな声で語る彼女は、とても辛そうだった。そんな彼女の表情は、なんで同性からも嫌われなきゃいけないんだと、悔しそうな表情にも思えた。

 俺には学校に友達がいる。

 事情をわかってくれる家族がいる。

 自分が嫌いな自分すらも嫌いだけど、それでも持っている。

 だから、彼女がもし俺と同じ境遇なのだとしても、彼女のことは一ミリも理解できない。だって、俺は彼女ではない。痛みを分かち合うことはできても、痛みを共感することはできない。

 人と人は、究極的には他人でしかないのだから。

 目の前では、そわそわした様子で、結果が出るのを待つ彼女がいる。些か緊張し過ぎな気もする。これでは告白の返事を待つ乙女だ。


「そ、それで、どうするの?」


 どうやら待ちきれなくなったらしい。もう直接聞いてきた。

 改めて考えてみる。彼女と友達になって、その後どうなるのか。少なくとも連絡先は交換するだろう。

 あとは、重要なのは地元がどこかだろうか? 同じ高校の生徒であった場合、少しややこしいというか、面倒くさいことになるかもしれない。

 けど、ここでそれを聞くのは常識的に考えて普通なのだろうか?

 わからない。

 わからない以上、下手に突っ込むわけにもいかない。

 けど、彼女の事を思うなら、考えるなら、友達になってあげたい。

 そうだ。俺は彼女と友達になりたいのだ。

 秘密を話さなくていいからとか、そんなメリットデメリット抜きにして。

 そう考えたら、自然と言葉が口から出ていた。


「友達になるよ。私でよければ」


「よかったー」


 安心と嬉しさの混ざった表情に、こっちまでも安心する。


「そうだ、名前なんて言うの?」


「むつ……流羽るる! 水無月流羽みなつきるる


 うっかり睦月むつきと言い間違えるところだった。

 流羽るると名乗るようにしてるとは言え、それは基本周囲の人の話で、俺が自分で流羽るるって言うは基本ない。

 呼ばれるのは慣れてるけど、言うのは慣れてなかった。


流羽るる流羽るるね。私は皐月さつき茅野皐月かやのさつき。よろしくね」


 ふふっと、彼女の笑いかける様子に、思わず心がときめいてしまう。

 彼女は未だに男装しているのに。


「あの、お願いがあるんだけど」


「なに? えっと、流羽るる


「別に、無理に呼ばなくても」


「いいの。私が呼びたいの。初めての友達の名前なんだから」


「そっか」


 彼女の言葉に照れてしまい、少し素っ気ない感じになってしまった。これぐらいのことでとは思うけど、彼女が傷ついていないか少し不安になってしまう。

 けど、彼女の表情を見ればそれが杞憂であることは明白だった。


「それで、お願いってなに?」


「あ、うん。皐月さつきの男装する前の──」


流羽るるが私の名前を……!」


「話、聞いてる?」


「はっ!」


 名前を呼んだだけなのに、恍惚とした表情を浮かべる彼女に一抹の不安は覚えるけど、今はそんなのどうでもいい。どうせ、今の間だけだろうし。


「そ、それでお願いって……?」


 聞いてなかった罪悪感からか、怖ず怖ずとした、どこか怯えたような感じで彼女は再度そんなことを聞いてくれる。


「はぁ」


「ご、ごめんなさいっ!」


「え、どうしたの?」


「だって今、ため息ついたから。私のせいでしょ?」


「いや、違うけど?」


「ほんと?」


「逆になんでそう思うの?」


「さっき、ちゃんと話聞いてなかったから……」


 そんなことで、と思うも、そこで俺もさっき同じことを思ったのを思い出す。

 ほんと、似てるな。

 そう思ったら、思わず笑っていた。


「あははは」


「えっ? えっ? なに?」


「いや、なんでもない。とにかく、そんなこと気にしないで」


「そんなことって──」


「友達、でしょ?」


 今はこれぐらいしか言えないけど、いつか俺が女装してると言えるといいなと思った。ただ切実に。


「それで、お願いって?」


「ああ、えっとね、そう、男装する前の姿が見たいなって」


「そんなこと」


 そう言うと、彼女は目の前で服を脱ぎ始めた。

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