五話 男の子だもんね

「ちょっ、ちょっと待って」


 彼女はきょとんとした様子で動きを止める。


「どうしたの?」


「いや、目の前で服を脱ぐの?」


「別にいいじゃない。なんだし」


 同性。その言葉に胸の奥がチクリと痛む。俺は女装してるだけに過ぎない。心までもが女というわけでもない。

 ただ、自分が嫌いというエゴが理由で女装しているだけなんだから。


「そうなんだけど、そうじゃなくて」


「?」


「ほら、私たちってさまだ知り合って間もないでしょ?」


「そうね」


「だから、まだそういう関係じゃないんじゃないかなって」


「でも、友達なのよね?」


「そうだね」


 どうしようか。全然引いてくれる気がしない。

 こういうときってどうしたらいいのだろうか? いや、本音を言えば見たいという心があるから強く言ってないだけなんだろう。今日会ったような人の前で服を脱ぐのは常識的に考えておかしいでしょ? そう言うだけいいはずなんだから。

 それでも、それが言えない、言わないということはそういうことなんだ。


「服を脱ぐけど、いい?」


「えっ、あ、うん」


 了承しちゃったよ。抵抗一つ見せずに。

 だって、見たいじゃん。女の子の生着替え。それも、目の前で。しかも、歳が近い子の着がえとか普通見られない。それも、高校生となればまずない。

 トイレしてるときに女の子が入ってくるとかはあるかもだけど。いや、それもレアな体験ではあると思うけど。

 あとは、小学生のときであれば低学年の頃はそういうの気にしないで着替えてたから、その名残りで場合によってはちょっと先までは時間優先で一緒に着替えることとかはあるかもだけど……!

 それはその程度で、まず女装している男子に彼女ができない、作れないことが前提にあるのだとすれば、目の前で着がえが見られるのは高校生のうちはこれで最後かも知れないのだ。

 見たくないとか、そんなウソで綺麗事言えたら、男子高校生していない。

 たとえ嫌いでも、俺は男なんだ。

 色々考えている間にも時間は過ぎていく。考えていることは色々と言えど、全て生着替えのことだが。


「そう言えば、流羽るるっておっぱい、えと、胸好きなの?」


「なんで言い直したの?」


 俺は一旦思考をやめ、目の前で顔を真っ赤にしながらおっぱいと言った皐月さつきの顔を見る。見つめる。

 彼女は視線をふいっと逸らすと、「……べつにっ」なんてぼそっと言った。

 そんな行動にキュンとするというか、萌える。かわいくて仕方ない。


「それでどうなの?」


 そう言いながら、ゆっくりと上に着ていたシャツのボタンを外していく。

 彼女の言葉であのときのことを思い出す。たしか、柔らかな感触。それでいて、吸いついて、離したくないような唯一性。


「どうなのよ。あんなに堪能するように触って、揉んだんだから」


「揉んだってのは誤解があるね?」


「そうかしら? 結構な時間イジられていたと思ったんだけど、気のせいかしら」


 俺の反応が気になるのか、手が止まってしまう。こっちを見ないでいいから手を動かしてくれ、そう思う自分がいるのを感じる。


「まあ、いいわ。それで、どうなの?」


「煙に巻いたと思ったんだけど」


「無理ね。私はしつこいの。友達になった以上、覚悟しなさい、流羽るる


「わたしゃ、流羽るるって呼ばれるだけで嬉しいよ、皐月さつき


流羽るる皐月さつきって、そうじゃないでしょ」


「ダメか」


「ダメね」


 ダメだった。正直に答えるなら、まあ、好きだ。男の子だもの。

 でも、彼女は俺を女の子だと思っている。それも、同年代の。友達と言って慕ってくれている。そんな子の一人の女友達として、俺が出すべき答え。

 いや、ボロでるだろうし、普通に好きってことにしといた方が、てか、好きなんだよ。

 ウソツクホウガフセイジツダ。ソウニチガイナイ。

 嘘つきは泥棒の始まりという言葉があるくらいなんだから。

 そんなことを考えている間にも、彼女は答えを待っているらしく、こちらを見ている。


「好きだよ」


「えっ、あ、胸がね」


「今、そういう話でしょ?」


「ええ、そうね。その通り」


「はい、この話はお終い」


 なんだか、頬が火照って身体があつい。目の前の彼女も、俺の反応が少し予想外だったのか、キョトンとしている。

 ただ、俺のお願いを思い出したのか、手を動かそうとして、その行動は止まる。


「あのさ、やっぱり見ないでほしい」


「えっ?」


「後ろでも見てるか、先にトイレから出てて」


「急にどうしたの?」


「とにかく、お願い」


「?」


「返事っ!」


「は、はい」


 彼女がイヤだというなら仕方ないか。少し、いや、かなり、本気で残念だ。下着姿が見られるかも知れないチャンスは、理由もわからないまま亡くなった。けど、これでよかった。

 これで、胸が痛むこともない。神はいたのだ。

 俺がトイレの個室から出ようとすると、聞き覚えのある声と、見知った顔の少女、もとい姉がトイレに入って来るところだった。

 思わず個室に戻るようにこもる。

 彼女も彼女で予想外だったのか、「えっ?」と声を漏らしている。


「な、なによ……。出ていったんじゃないの?」


「話はあと。ちょっと、静かにして」


 そう言いながら、俺は皐月さつきの口を手で塞ぎ抱きつく。トイレの個室に二人で立った状態、彼女は上半身の服を脱いでいて、下着の状態だ。


「あにすんのよ(なにすんのよ)」


「しー。ねっ?」


 皐月さつきは未だわけわからないからか、『?』という顔を浮かべながらも、状況は察してくれたのか、大人しくする。

 今さらではあるが、俺は彼女に抱きついているのだということを理解する。そもそも、彼女に抱きつく必要があったのか? という疑問も浮かんでくるが、それは今考えないことにする。

 ただ、抱きついているからこそ彼女の素肌を直で感じている。少し手を動かしたりするだけで、彼女は「あっ」とか、「うんっ……!」などと声を出す。

 俺たちのいる個室の隣から個室のドアが開く音がする。

 そこから漏れ聞こえる声はまさしく、俺の姉の声だった。


「ど、どうしよっ! なんて言ってプレゼント渡せばいいんだろう」


 まだプレゼントを渡していなかったらしい。姉らしいと言えば姉らしいが、別に付き合う前というわけでもなければ、元々公認カップルという状態だったのだから普通に誕生日プレゼントって言って渡せばいい。

 なんてことを言ってここから退散させたいが、今はこもってる身。直接相談されてるわけでもないのだからそれはできない。


「うー、緊張する。これなら睦月むつきに聞いておくんだったな。今、連絡して……でも、お昼ごはん食べてたら迷惑だろうし」


 そう言えば昼ごはんもまだだった。それどころじゃなさ過ぎて忘れていた。


「それに、睦月むつきのことだから、渡せたのか聞いてくるだろうし。でも、やっぱ二人きりは緊張するー」


 どうやら姉の彼氏のお友達さんが気を効かせて二人きりにしてくれたらしい。

 良い奴らだと思う反面、現状の原因になんとも言えない感情が渦巻いた。

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