二十七話 よそ見しないでね

「へぇ、私とは会わないで、別の女と一緒にいるわけね。ねぇ、


 絶句した。

 優しい声音でありながら、怒りをふつふつと感じるその物言いに、返す言葉が見つからない。なにより、現状に頭が追いつかない。


「えっと、どうしてここに?」


「たまたま近くを通ったら流羽るるの声が聞こえて」


「そうなんだ」


流羽るると会える! と思ってたら、他の女と一緒にいた」


 ぱぁっと輝かせたような表情を見せたかと思うと、次の瞬間にはげんなりとしてしまう。

 忙しいやつだ。

 それに、他の女て。他に呼び方はなかったのだろうか。

 というか、皐月さつき七海ななみは同じクラスの生徒ではなかっただろうか。まあ、仲のいい友人はいないと言っていたことと、彼女の二つ名的なことを考えれば皐月さつき七海ななみのことを知らないのだろう。

 なにより、知っていればもっと違った反応を見せるだろう。

 と、そんなことを考えていると、七海ななみに手で手招きされ、呼ばれる。


睦月むつきくん、じゃなくて、流羽るるちゃんって呼んだ方がいいのかな?」


「それでお願いします」


「それでなんだけど、流羽るるちゃんって、皐月さつきさんとどういう関係なの?」


「どういうとは?」


「ほら、色々あるでしょ? 知り合いとか、友達とか」


「ああ」


 コソコソ話し出したかと思えばそんなことかと思い、少し考えてみる。少なくとも友達ではある。けど、それ以上の関係な気がする。

 ただの友達ではない。もっと、親しい関係。


「なにを話しているの?」


「うわっ」


「なによ、聞かれたら不味いことでもあるわけ?」


「そういうわけじゃないけど、さっきまでこんな近くにいなかったらびっくりしちゃって」


「そっか。そうだよね。ごめん」


 ジト目で俺を見る七海ななみ。そんな彼女を見ると、口パクで『よそみ』と言っているように見えた。そのまま彼女はニコッとする。


「あの、皐月さつきさんだよね?」


 七海ななみは探り探りと言った様子で話しかける。しかし、当の皐月さつきは誰かピンと来ない様子で頭を悩ませている。


「えっと、誰? それと、皐月さつきと呼ぶのはやめて。茅野かやのでお願い」


「う、うん。わかった。それと、私のことは七海ななみって呼んで」


「それ名前?」


「名字だよ」


「そう」


「それと私、一応あなたと同じクラスだからよろしくね」


 俺は除け者にされ、二人の間だけで勝手に話が進んでいく。ただ、なにか口を挟もうにも話題がないし、なにより目には見えないバチバチとした火花が散っていて、割り込もうとも思えない。

 正直、帰りたい。帰ろうかな。

 そんなわけで気づかれないようにフェードアウトしようとしてると、七海ななみから声がかかってしまう。


「それで、流羽るるちゃん」


「えっと、なに?」


 なんともいえない嫌な予感がする。

 それでも、彼女の次の言葉を待つ。


「ちょっとデパートまで買い物デートに行こうよ」


「えっ?」


「で、デートってなに?」


 七海ななみは本当に黙っていてくれるらしい。それ自体はありがたい。ありがたいのだが、わざわざデートとかいう誤解を生みそうな言葉を使うのはどうかと思う。

 皐月さつき皐月さつきで動揺を隠し切れていない。困惑しているのだろう。


「いいでしょ?」


「よくないわ」


「なんで茅野かやのさんが答えるの?」


「それは……」


「私は流羽るるちゃんに聞いたの」


「わ、私は、流羽るるの親友よ。あんたこそ流羽るるのなんなの?」


 もはや口論と言えるものに発展していた。

 しかし、二人の頭に血が上っている様子はなく、煽りあっているという様子。

 皐月さつきからの質問に、七海ななみは十分に思考した上で答えた。


「友達、かな?」


「えっ?」


「友達って言ったんだけど、なにかおかしなことある?」


「へぇー、そう。流羽るるに私以外の友達がいたのね」


 思わずゾクッとするその言葉に一瞬肝が冷える。これでは心臓がいくつあっても足りない。

 それにしても、七海ななみが好きだとかそういうことを言わないでくれてよかった。そんなことを言おうものなら話がよりややこしくなるだけだ。


「それで流羽るるちゃん。デパート行くよね?」


 その言葉からは「行かないとか言わないよね?」という無言の圧力を感じる。なにしに行くのかという疑問はあるが、圧がなくても断れる状況ではない。


「行くのはいいけど、なにか欲しいものでもあるの?」


「うーん、ちょっと服がね、欲しいってわけじゃないんだけど、見てみたくてさ」


「服?」


「そう。今シーズンはまだ行ってなくて」


「ちょっと待って、流羽るる


 皐月さつきは慌てた様子で会話を中断してくる。

 慌ててるというより、焦っているだとうか。どっちにしろ余裕はなさそうである。


流羽るる、本当に行くの?」


「え、うん。行くよ」


「それなら私も一緒に行く」


「なんで?」


「私も丁度服が気になっていたのよ」


「そうなんだ。偶然だね」


「そう、偶然よ」


 あまりにもわざとらしい。しかし、ここで彼女は拒む理由もない。正直、皐月さつき七海ななみの二人と一緒に行くのは胃が痛いが、仕方ない。


「ちょっと遠いし、行くなら早く行こう?」


 そう言って、皐月さつきは準備を終えたのか教室を出ようとしている。俺も彼女を追いかけるように向かうと、隣に着いたときに彼女から「よそ見はダメだよ?」と耳元で囁かれた。

 それからしばらくして、皐月さつきもついてきた。

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