二十六話 脱いでくれ
一瞬、
しかし、俺は耐えきれず目を逸らしてしまう。相変わらず彼女は一歩一歩と歩み寄ってくる。その度に心臓がはち切れそうなほど鼓動は早く、なにも考えられなくなる。
「ねぇ、どうなの? 少しは私のこと意識してくれてるのかな?」
「そ、れは」
彼女の言葉を理解するだけで精一杯で、言葉が上手くまとまらない。
気づいたときには、半歩一歩と後ろに下がっていた。
「どうして逃げるのかな」
「それは
足が壁にあたり、これ以上後ろには下がれないのだと悟る。
「もう、逃げられないね」
「別に、逃げてるわけじゃ」
さっきまでとは比べものにならない程の濃厚な甘い香りで、頭がクラクラしてしまう。抱きつくのではなかと思うほど近い。
「と、とりあえず、離れてくれ」
「それは私のことを意識してるってことでいいのかな?」
「ああ。ドキドキしてる」
顔から火が出そうになりながらも、ハッキリと思いを伝える。
「めっちゃ意識してるよ」
「え、ああ、そっか」
顔を真っ赤にして、「そっか。うん。そうなんだ」なんて呟きながら後ろに下がり、俺との距離を取る。俺は俺で、自分で言ったのにその言葉があまりにも照れくさく、頬が未だに火照ったままだ。
「それで、なんの話してたんだっけ?」
「えっと、俺がその……」
「その?」
「意識してるって」
「それはつまり、私のことが好きっていう告白ってことでいいよね」
「よくないわ」
「じゃあ、私のことは嫌いなの?」
「嫌いじゃ、ない」
ほんとに厄介な文法だ。日本語が嫌いになりそうである。
ふと、彼女に告白されたときのことを思い出す。あのときは、女装がバレる可能性があるからと断ったのだ。
今はその障害は取り除かれた。今、女装しているのだから。
それなら、彼女の告白を断る理由はもうないことになる。彼女は女装してる俺のことすら認めてくれている。
「卒業式のとき、だったよね」
「あ、ああ」
俺はそう言ったのだった。彼女にしてみればそのときまでに俺を惚れさせなければならない。いわゆるリミット。
じゃあ、俺は彼女のことをどう思っているのだろうか。
今だってドキドキして、意識して、客観的に見ても可愛い、美少女である
よく考えて初めて気づいたこと、今の今まで考えてなかったことに、自分が最低だと理解する。それはつまり、自分のことが好きだと好意を寄せる相手のことを気持ちを考えず、自分にも言い訳をし答えを出さず、打算的にキープしたのだ。
「
「えっ? ああ、うん。まだ好きじゃないってことなら大丈夫だよ。絶対に好きに、夢中にさせて見せるから」
「そうじゃない」
「?」
「俺は
「なんか、その見た目と声で言われると、ちょっと違和感が凄いね」
そりゃそうだ。今の今まで考えてなかったと言われたらそうするしかない。それに、女子高生の制服に身を包んだ俺の様相は、彼女が俺に恋をしたときとは随分と異なっているだろうから。
それでも、俺には必要なことだ。
初めて女装したとき、俺の本当の自分というのを見た気がした。男として生きる俺と女装して女の子のように可憐に生きる俺、そのどちらかが本当の自分なのだとすれば、俺にとって本当の自分を見つけるには、どちらの生活も必要だ。
高校での三年間、それが自分を見つけるまでのタイムリミットと俺は決めた。彼女が、
「だから、これからはちゃんと──」
俯いた俺がそう言おうとすると、唇にふわりとした感触がある。いつの間にか近づいていたのか、彼女の人差し指がそこにはあった。
「別にいいよ。でも、これからは余所見しないでね」
「余所見、か」
「ちゃんと私を見て、それでも無理なら私は諦めるから」
彼女の言葉にはどこか哀愁感というものが漂っていた。
今すぐには答えはでない。けど、答えは必ず出す。
「それと、ちょっとしたお願いがあるんだけど、いいかな?」
「お手柔らかにお願いします」
「一緒にデートして欲しいんだ」
「なんで?」なんて聞くのは野暮だ。それだけに、彼女の本気がこれまで以上に伝わってくる。
きっと、彼女のことをちゃんと見ると決めたから。
「わかった。それじゃ着替えるから──」
「ああ、着替えなくていいの。他の子に見つかって勘違いされても困るでしょ?」
「はぁ。……はぁ?」
「だから、このまま──」
「ちょっと待って。
「一緒にいるのは
突拍子のない話だけに、再び頭が混乱する。女装して外出を同級生の
それに本音としてが女装してない方ならわざわざこのまま行く必要もない。
「それに、
「そっちが狙い?」
「私が
それは何十にも張られた罠のようである。
「私の匂いが移ればずっと私を感じて貰えるかもだから」
「今すぐ脱いでくれ」
「もう、大・胆」
「ああ! もう」
俺がそう声を発すると、教室の戸が開く。
そこにいたのは
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