十五話 空と氷の一人 3
俺は、
目の前にいる
「誰から?」
「友達から。一緒に帰ろって」
怪しまれないように、端的にそう言う。不審な感じもない、と思う。
しかし、心臓はドキドキと早鐘を打つようで、とても冷静ではない。
少しの間が、今は永劫の時のように感じられて、生きた心地がしない。
今日まで名前だって知らなかった相手に、どうしてここまでのことを思うのか、ふと疑問に感じるも、彼女の言葉がその思考をやめさせる。
「まあ、そういうことなら大丈夫だよね」
独り言のようにボソッと呟くその言葉。
安心した様子の彼女を見ると、どうしてか罪悪感を覚える。
そう、自分の中で言い聞かせた。
「それじゃ、ありがとう」
「もう行くんですか?」
「待たせちゃうのも悪いしな」
「そうですか……」
その表情からは悲哀の念が見え隠れする。
しかし、いつまでもここにいるわけにもいかない。
俺は
先ほど届いたのだが、『私もまだ学校で。今は図書室にいるんだけど、他校の生徒でも入れるし、よかったら、図書室でどうかな? ここだったら制服のままでもおかしくないと思うし』そんな感じの文言が並んでいた。
そう、制服のままという。
その文章だけがピンポイントで目に入るほど、それに頭を悩ませていた。
制服自体には問題はない。姉に貸してもらえばいい。
これまでも、たまに貸してもらったことがある。
問題は、制服だと
たまに制服を借りると言っても、それで学校に行っていたわけではない。
制服を着てみたかったのと、制服姿で街を歩きたかった。
そんなことを考えてると、着信音とともに、彼女からうっきうっきのメッセージが届く。
『どれくらいで学校終わりそう? それと、私の高校だけど~』という感じのものだった。
どんどん断りづらくなっていく。
図書室のときまでに、すぐに他の場所を提案するべきだった。
しかし、後悔しても、もう遅い。彼女は沈黙を肯定として受け取ってしまった。もしくは、なんも考えてないか。
悩みだけが、頭を支配していく。
とぼとぼと歩くうちに、昇降口に来てしまっていた。無意識のうちに、下校したいとでも思ってたのかもしれない。
そこに、ちょうどよく姉を見つける。
姉も俺のことに気づいたみたいで、近くにいた友達に一言二言声をかけ、こちらに近づいてくる。
「そんなところで何してるの?」
「頭を悩ませてる」
「なんで?」
「友達と少々……」
詳細を説明しようか悩むも、長くなりそうなので割愛する。
そのせいなのか、そのせいなので、姉は困惑した表情をしていた。
「事情はよく分からないけど、なにか私にできることってある?」
「制服を貸して欲しい」
「お姉ちゃんにここで裸になれと!?」
「声が大きいし、裸ではないよ」
「裸みたいなもんでしょ」
ボソッと呟くも、さっきの姉の言葉に周囲がざわめき立つ。
しかし、俺たちであること、主に姉のことを確認すると、「なんだ」という感じで通り過ぎていく。
まるでいつも通りのようなその光景に、逆に不安になる。
「ねぇ、お姉ちゃんってさ、学校ではどういう扱いされてんの?」
「いや、普通だよ。彼氏といると二人きりにされることが多いくらいで」
よく分からないが、普通の扱いと本人が思ってるなら別にいいか。
今はそんなことを気にしてる場合でもない。
「とにかく、制服を貸して」
「別に貸すこと自体はいいんだよ。でも、事情ぐらい話してくれない?」
時間が掛かるからと切り捨てた、その詳細。それを求められる。
当たり前だ。頼みごとをするのだから、それは常識だ。
「話せない事情なの?」
「いや、そうじゃない。この前、友人ができたって話、覚えてる?」
「ああ、
「その子、うちの高校みたいで。今日その、図書室で会いたいって言われて」
「ふんふん」
「まだ学校って連絡した後だったから」
「それで制服が必要と」
「そういうわけです」
その場を少しの沈黙が支配する。
姉がなにを考えているのかは分からない。
しかし、真剣な表情をしている。普段の姉からは考えられないほど。
「とにかく、会うってメッセージしてあげなさい」
「なんでそれを?」
たしかに、『学校で』以降のことについては、
「今はいいでしょ。制服、貸してあげるから」
姉はそう言うと、「ちょっと待ってて」とどこかに行ってしまう。その間、俺は姉に言われた通り、
ほんとにちょっとの間で。姉は戻って来るとこう言った。
「これ、はい。今日、体育あったみたいでよかったね」
そこにはジャージ姿の姉から、制服を受け取った俺がいた。
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