十五話 空と氷の一人 3

 俺は、皐月さつきからのメッセージに手早く、『今はまだ学校で……。だからその後だったら大丈夫!』と返した。

 目の前にいる七海ななみにこのメッセージのやりとりを見られると、面倒くさいことになりそうなので、見られないようすぐにスマホはしまう。


「誰から?」


「友達から。一緒に帰ろって」


 怪しまれないように、端的にそう言う。不審な感じもない、と思う。

 しかし、心臓はドキドキと早鐘を打つようで、とても冷静ではない。

 少しの間が、今は永劫の時のように感じられて、生きた心地がしない。

 今日まで名前だって知らなかった相手に、どうしてここまでのことを思うのか、ふと疑問に感じるも、彼女の言葉がその思考をやめさせる。


「まあ、そういうことなら大丈夫だよね」


 独り言のようにボソッと呟くその言葉。

 安心した様子の彼女を見ると、どうしてか罪悪感を覚える。

 皐月さつきは友達なわけだし、噓はついてない。

 そう、自分の中で言い聞かせた。


「それじゃ、ありがとう」


「もう行くんですか?」


「待たせちゃうのも悪いしな」


「そうですか……」


 その表情からは悲哀の念が見え隠れする。

 しかし、いつまでもここにいるわけにもいかない。

 皐月さつきとこの後に会う約束をしているのだから。

 俺は七海ななみに手を振ると、その場から立ち去った。


 七海ななみと別れてから程なくしてきた、俺は彼女のメッセージに困惑していた。

 先ほど届いたのだが、『私もまだ学校で。今は図書室にいるんだけど、他校の生徒でも入れるし、よかったら、図書室でどうかな? ここだったら制服のままでもおかしくないと思うし』そんな感じの文言が並んでいた。

 そう、制服のままという。

 その文章だけがピンポイントで目に入るほど、それに頭を悩ませていた。

 制服自体には問題はない。姉に貸してもらえばいい。

 これまでも、たまに貸してもらったことがある。

 問題は、制服だと皐月さつき流羽おれが同じ学校であることがバレてしまうこと。そして、その学校が睦月おれの通う学校でもあるということ。

 たまに制服を借りると言っても、それで学校に行っていたわけではない。

 制服を着てみたかったのと、制服姿で街を歩きたかった。

 そんなことを考えてると、着信音とともに、彼女からうっきうっきのメッセージが届く。

 『どれくらいで学校終わりそう? それと、私の高校だけど~』という感じのものだった。

 どんどん断りづらくなっていく。

 図書室のときまでに、すぐに他の場所を提案するべきだった。

 しかし、後悔しても、もう遅い。彼女は沈黙を肯定として受け取ってしまった。もしくは、なんも考えてないか。

 悩みだけが、頭を支配していく。

 とぼとぼと歩くうちに、昇降口に来てしまっていた。無意識のうちに、下校したいとでも思ってたのかもしれない。

 そこに、ちょうどよく姉を見つける。

 姉も俺のことに気づいたみたいで、近くにいた友達に一言二言声をかけ、こちらに近づいてくる。


「そんなところで何してるの?」


「頭を悩ませてる」


「なんで?」


「友達と少々……」


 詳細を説明しようか悩むも、長くなりそうなので割愛する。

 そのせいなのか、そのせいなので、姉は困惑した表情をしていた。


「事情はよく分からないけど、なにか私にできることってある?」


「制服を貸して欲しい」


「お姉ちゃんにここで裸になれと!?」


「声が大きいし、裸ではないよ」


「裸みたいなもんでしょ」


 ボソッと呟くも、さっきの姉の言葉に周囲がざわめき立つ。

 しかし、俺たちであること、主に姉のことを確認すると、「なんだ」という感じで通り過ぎていく。

 まるでいつも通りのようなその光景に、逆に不安になる。


「ねぇ、お姉ちゃんってさ、学校ではどういう扱いされてんの?」


「いや、普通だよ。彼氏といると二人きりにされることが多いくらいで」


 よく分からないが、普通の扱いと本人が思ってるなら別にいいか。

 今はそんなことを気にしてる場合でもない。


「とにかく、制服を貸して」


「別に貸すこと自体はいいんだよ。でも、事情ぐらい話してくれない?」


 時間が掛かるからと切り捨てた、その詳細。それを求められる。

 当たり前だ。頼みごとをするのだから、それは常識だ。


「話せない事情なの?」


「いや、そうじゃない。この前、友人ができたって話、覚えてる?」


「ああ、皐月さつきちゃん、だったっけ?」


「その子、うちの高校みたいで。今日その、図書室で会いたいって言われて」


「ふんふん」


「まだ学校って連絡した後だったから」


「それで制服が必要と」


「そういうわけです」


 その場を少しの沈黙が支配する。

 姉がなにを考えているのかは分からない。

 しかし、真剣な表情をしている。普段の姉からは考えられないほど。


「とにかく、会うってメッセージしてあげなさい」


「なんでそれを?」


 たしかに、『学校で』以降のことについては、皐月さつきに未だ連絡もしていない。


「今はいいでしょ。制服、貸してあげるから」


 姉はそう言うと、「ちょっと待ってて」とどこかに行ってしまう。その間、俺は姉に言われた通り、皐月さつきに『今から行くね』というメッセージを送った。

 ほんとにちょっとの間で。姉は戻って来るとこう言った。


「これ、はい。今日、体育あったみたいでよかったね」


 そこにはジャージ姿の姉から、制服を受け取った俺がいた。

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