21 魔薬の申し子、誘惑する。

「責任ヲ感じテるんだヨ……」


 物が多すぎて座る場所がない中、すすめられるままに私は実験用のテーブルに座った。目の前には白衣姿のカデンツァが立っていて、ずーんと高身長から見下ろされているという状況だ。実験材料になった気分だった。


「なんだカ申し訳なイなッてね。ボクがあのに、魔力増幅薬ブースターのレシピを教えナケればキミがこんナ目に、ククッ、遭うことモなかっタだろウって、フフ、ネっ……!」

 

 そんな殊勝なことをカデンツァが言うわけがない。その証拠に途中から笑ってんじゃねえか。こいつまじで先輩じゃなかったらはっ倒すとこだぞ。

 甘い空気になりようがない状態にほっとしながら、醒めた目で見上げると「んんッ」とカデンツァは気色の悪い声を上げた。


いねェ、この蔑むようナがキミのチャームポイントだヨね。ゾクゾクするよォ」


 もういっそ正直に言おう、キモい。いくら声がよくてもローゼルわたしはこの変態を攻略するのは後回しにする。絶対にだ。


「……えぇっと、あの、カデンツァ先輩の研究室ラボにお招きくださったってことは教えていただけるんですよね? 私が『魔法戦闘』の単位を取得する……留年しないですむ方法……」

「ン、そうダよ? キミのパートナーくんハ言い淀ンでいタみたいだっタからネぇ」


 恍惚とした表情を浮かべながら、カデンツァは腕組みする。おい焦らすなさっさと言え。私の苛立ちが伝わったのか「ああァっ」とまた奇声を発したカデンツァが正直うっとうしい。

 ねえ、E-レクト。さっきからカデンツァが何をしても喜ぶんだけどどうしたらいい? 起動していたE-フォンの思考ガイドアシスタントに縋りたくもなってしまう。


 ――ハイ、マスター……貴方の素っ気ない態度がカデンツァ・ウィステリアの性癖ド真ん中のようデス。ご愁傷様デス。


 くそっ。E-レクトは私の脳内に直接返事を寄越してきた。律義な回答ありがとう、私もそんな気がしてたよ!


「簡単ナことだヨ? キミの強さを証明すればイイ」

「と言いますと……」

「クク、縋るようなまなざしが心地良イなァ。学期末の【戦闘魔法競技会コロシアム】についテ、キミはどれくらイ知ってイる?」


 だーかーらー、回りくどい言い方をやめろって言ってるんだよ、こっちは。


「なんかぁ……血の気の多い学院の荒くれものたちのお祭りでぇ、優勝すると、めちゃくちゃ好待遇されてぇ、賞金やレアな魔法道具マジックアイテムも貰えちゃってぇ、将来の就職にも役立つとかなんとか……」


 かったるさを堪えながら言えば、カデンツァはぎらりと妖しく眸を輝かせた。


「ソウ――優勝すれば、学院アカデメイアからあらゆる特権と賞品、名誉が与えられる。【輝ける恒星リュケーレ】としテ学院の頂点に君臨すルことが出来ルんだヨ」


 【輝ける恒星リュケーレ】。エリュシオン学院アカデメイアの生徒のうちわずか1パーセントしかいない、特別待遇を受けられる超エリートである。


 専用制服である流星のローブを着ていれば、学院内のどこにでも入室を許可される――生徒たちの憩いの場、空中庭園の最上層はもちろん、秘密の地下書庫や禁断の森などありとあらゆる秘術と英智が詰まった学院の情報と資材へのアクセス、利用が叶うようになるのだ。

 常人にはまず無理だが在学中に【輝ける恒星リュケーレ】の称号を得ることを学院の生徒たちは目指している。


「【輝ける恒星リュケーレ】にナる方法は学科試験で首席を複数回取る、とカ。特別表彰を受ける、とか色々あるけれド……【戦闘魔法競技会コロシアム】の優勝者にナレば、学院だって『魔法戦闘』の単位を認めナイなんてケチくさいことは言わないだろウ」

「な、なるほど!」


 競技会は実技科目「魔法戦闘」の集大成だ。そこで優勝するような実力者が「魔法戦闘」で落第させるわけがない。

 そして【輝ける恒星リュケーレ】になれば、この悪役令嬢勝利パターンを脱することが出来るかもしれない。私にかかった濡れ衣ぬれぞうきんを跳ねのけ、ルイーザに投げ返してやることだって不可能じゃないっ!


「カデンツァ先輩、さすが天才っ、最高! いいこと言う!」

「アハ、キミが喜んデくれて嬉しイなァ」


 さんざん気持ち悪いと罵倒(心の中で)していたカデンツァと手を取り合って喜んだ私だったが、はたと気がついた。

 そんな美味しいだけの話が転がっているわけがなかろう――私は疑り深い性格なのである。

 ソウビがあえてこの方法を私に言わなかったのも気になるし、カデンツァが夜中に男子寮まで私を呼び寄せたのは、何か理由があるのではないかという気もしている。


「あの……カデンツァ先輩」

「ナにかな?」

「落とし穴でもあるんですか。この話……」

「ンフフ。キミが無邪気に喜ブものだかラ、水を差せなかっタんだけどネ――いまのキミの実力でハ、【戦闘魔法競技会コロシアム】で優勝ナンてのは夢ノまた夢。この方法デ単位を取得スルのは100パーセント、無理ダネ」


 無理。百パー。ちーん。頭の中で仏壇の前で、鳴らすアレ……りん、ていうらしい……の音がした。


「ぬか喜びさせるな、このド変態がッ!」

「はゥアっ、モット罵っテくれテもイイんだよッ!」


 実験机の上に置かれていた書類を投げつけると、身もだえしながらカデンツァは叫んだ。だからそういうところがまじで無理なんだってば。


「だガしかシ、キミのようなひよこチャンでも優勝のチャンスは有ル」

「えっ、本当ですかカデンツァ先輩っ、私先輩のこと信じてましたっ!」


 自分でもどうかと思うほどの掌返しだった。いまは藁、もとい変態にもすがりたいほどに追い込まれているのだ。

 必殺の主人公ポーズ、両手を組み合わせて祈るような聖女じみた立ち絵を真似してみると、そこそこ効果はあったのかカデンツァが相好を崩した。ふっ、存外ちょろいな、こいつ。


「ボクと組んで、【戦闘魔法競技会コロシアム】に出場スレばいいんダヨ」

「……はい?」


 カデンツァは白衣を脱ぎ捨て、ごちゃついていたクローゼットの中から何かを取り出した。

 適当に放り込んだあったのが丸わかりのしわしわくちゃくちゃ具合だ。

 埃を叩き落とし、洗浄呪文コードを唱えてつやつやぴかぴかにしたそれをカデンツァは羽織った。


「へ……それって、まさか」


 裏地が夜空のように輝く美しいマント――流星のローブ。特別な生徒だけが着用を許された特権階級の証。


「ボクは昨年度末の【戦闘魔法競技会コロシアム】ノ覇者――第二学年唯一の【輝ける恒星リュケーレ】だからネ」


 頭の中の資料集をめくる。いや、そんな設定はない。このゲームに出てくる攻略対象の中でゲーム序盤のこの時期に【輝ける恒星リュケーレ】に選ばれているのは、たったひとりのはず。


「さァ、ボクならキミを勝たせてあげらレルよ?」


 どうすル、ひよこチャン? にぃと歯を見せてカデンツァは笑った。

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